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2013.02.24

それは時間の問題だ・である

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しかしそれにしても早く結論づけたい人というのは無数にいるもので、
そういう欲求がメディアにも情報の早さばかり求めせしむるのだろう。

いや実際メディアにおいては競合に勝る早さも仕事に求められるけど、
あらゆるメディアが速報に押し掛け群がる有様には辟易してしまって。

いつも速報や途中経過ばかり聞かされていて、「その後」については
わざわざ敢えて求めないと出てこないような、そんな感覚があるけど。

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その情報って、拙速に知るのが本当に望ましいものだったのだろうか。
そもそも時間を掛けないと見えてこないモノゴトだってあるワケだし。

その時点で知らなければ、または何が何でも早く知ろうとしなければ、
怒りや焦りに至るまでもなく解決したとの情報が届いたかもしれない。

たとえば拙速報道では避けて通れぬ誤報や虚報、それが事実と異なる
ものだという訂正情報が追いつくまでの間に知った者たちが垂れ流す
非難の声たるや、一人あたり一つ二つであっても膨大な量となるもの。

それから、情報を咀嚼して解釈して補足説明を加えて提供するような
サービスの割合は徐々に減ってしまい受け手側個々人の能力に応じた
解釈に頼る度合いが増している点も反応の激化に繋がっているのでは。

情報をスライスする時間的な範囲が狭まってしまう傾向もあるだろう。
同じ現象でも時間分解能を高めればデルタ成分の振れ幅は大きくなる。
そんなの当然のコトなのだけど、補足説明が省かれれば知らない者が
構わず積み上げて「こんな酷いコトに」など危機感を煽ったりもする。

しかもヒトってのは厄介なもので情報そのものを完全に記憶しておく
のでなく漠然としたイメージにキモチや感情ばかりを付着させて残す。
感情にはヒステリシスがあって逆に辿っても元へ戻れないものだから
悪影響は蓄積、「むしろ後で知った方が良かった」と言いたくもなる。

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