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2013/04/26

はなばなし・花は示す、人の在りし処を

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日曜の最後に訪れたのは奈良時代に創建と伝わる古刹で今の時季はシャガの見頃だ。
好きで見に訪れるほどなので名前も覚えたが、この山寺までの道筋のところどころ
に設置されている看板では「菁莪群生地」とあるものの著莪または射干と書くのが
一般的らしいとは、ずいぶん後になって知った(単に看板の書き間違いかもしれん)。

寺は本堂など数カ所の堂宇が残るのみだがシャガの群生地は山腹の広い範囲に及び、
堂を巡り急な石段を上り下る間にも随所で透明感のある白い花弁が目を楽しませる。
ところどころには斜面の一部を切り崩したり土盛りをしたかのような平坦地があり、
そういった場所では木々の下で多めの木漏れ日を浴び白い花畑のようになっている。

日本のシャガは三倍体のために種子が発生せず根茎で殖え、分布域や遺伝的な分散
などから人為的に持ち込まれた帰化植物とされる。原産地は中国大陸であるらしい。
可憐で新奇な植物は目を楽しませるために人から人へと伝えられて植えられていき、
人の生活が途絶えた後にも残って根付いて状況が許せば繁茂していったりするのだ。

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中世の日本は近世とも異なり、寺院であっても武将たちと武力で争って領地や領民、
そして体面を守る必要があった。この寺も戦国期に武家勢力の焼き討ちを受け衰退、
最盛期には「七十五坊が甍を連ね」たといわれる大寺院の面影は今やほとんどない。
中世が終わるのは、拮抗した力の争いでなく大きな一つの勢力に飲み込まれたとき。

そして人々は、守りやすい起伏のある土地から生活しやすい平地へと移っていった。
数世紀も経れば人の営みの残したものなど、ほとんど夏草や樹木に埋もれてしまう。
往時を偲ばせるのは寺に伝わる国宝・重文等のほか山腹の斜面にところどころ残る
堂宇の痕跡らしき平坦部と人が暮らしの中で植えた花や木の末裔、ただそればかり。

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