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2013/05/15

思考の志向・全体像を念頭に置いて

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たいがい文章を書くときには全体の論理構造を考えるようにしている。
いやそんな御大層なコトでもなくハナシの流れを意識してる程度だが、
このブログでも一つのエントリ内での構造、それから前後のエントリ
との関係、写真やタイトルと本文との関係など、それなりには考える。

たとえばニュースを見たときの反応も、まずはその背景にある事情を
推測して社会全体の動きの一端が表れたものと捉えようとし、その中
に自分はじめ様々な人々がどこにいるかポジションを把握、といった
考えを巡らすのに割と時間を割き、おかげで反応は少し遅い気がする。

そういう習慣は、ある意味で慎重さに繋がっているのだろうとは思う。
といっても人間の持つ能力なんて大して差があるワケでもないものだ。
全体像を描いた上で細部を煮詰めていこうとすれば工数が多くなって
時間がかかってしまうのも致し方なく、あとは程度の問題となるかな。

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それから、個々のプレーヤーに対しての感情移入が浅いかもしれない。
ちょっと全体側に偏りすぎているのではないか、という気はしている。

自分で文章を書くときには相当な細部まで見ているつもりだけれども、
社会現象では自分の頭に入りきらないのでモデル化によって失われる
情報も多く、そのロスが判断の際に弊害をもたらしてる可能性がある。

だから全体の構造は生かしながらも少しずつ細部を改善していきたい。

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