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2013/05/23

ヒトから思い遣らるキミ

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なにせ思う側と思われる側の認識の差は常にあるもの、
しばしば行き違って問題を生じたりもするものである。

善意で気を遣ったつもりが相手から拒絶されたなんて
ハナシは枚挙に暇がないワケだけど、その対象の人に
「気を遣われているコトを常に意識せよ」と言い放つ
有様には迷惑や有害な善意もあるぞと反論したくなる。

さらに言うなら、その余計な善意に反発すれば面倒に
りそうな場合などは止むを得ず受け容れてしまったり、
何故か「受ける側が気を遣う」といった理不尽に陥る。
あれっ? どっちにしろ我慢する方が損するのかコレ。

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それこそ無人島に一人、というほどに孤立した人でも
ない限り、誰かに気を遣われる機会は誰でもあるはず。
逆に自分が何かをするとき気を遣っているのかどうか、
そっちの方をこそ気に懸けていられるようになりたい。

他人に接するとき、つい気を遣ってしまうので疲れる、
けど実は、相手もまた気を遣って疲れてたりするかも。

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