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2013.05.05

他人の良心の仮借による呵責?

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たとえば、ある友人が嫌悪している存在の中に自分自身も含まれるような場合、
ソーシャル()では「アイツには内緒だよ」とか「アイツの前では言うまい」が
通用しないので割とよくあるコトのように思うんだけど、そのときどうするか。

ついつい自分へ(直接に限らず近いトコロも)向けられた嫌悪に反発してしまう、
嫌悪感を隠そうとしてもなかなかできない、下手をすれば隠せないだけでなく
妙な屁理屈をつけて出してしまって余計な非難を浴びる羽目になったりもする。

まあ足許見えてないと危なっかしいよ、というトコロを改めて思い返そうよな。

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そういうのを強く気にするのと、ほとんど意に介さないのと、両極端な性質を
父方母方の祖母がそれぞれ持っていたのだが、前者の方がまさに、周りを見て
「自分もああでないとこうでないと」となりがちな感覚だったというトコロで。

まあ勝手に自分のコトを言われたかのように受け取って勝手に憤慨してしまう
なんてのも変なハナシなのだけど、そんな性質は多かれ少なかれ人間どうにも
捨てられないような気もするんで、せいぜい頑張って共存していくしかないな。

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