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2013/07/17

空気は読むより嗅ぐ派

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そういうときに声を掛けてくれる理由というのがそれなりにあって、
ちょっと頭を使う方向性のイベントで「コイツが何をするか楽しみ」
といった感じらしい。まあそう思ってくれてるなら喜ばしい限りだ。

とか何とかボンヤリ考えていたら深夜に電話が来て散策に誘われた。
急な誘いだが一緒に写真を撮りながら喋り歩いて夜は飲もうという、
その提案に飛びつかざるを得ない。いやそれ以外の選択肢などない。

待ってたトコロに飛び込んできた貴重な気晴らしの機会なのだから。

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ソーシャル()な方面で「自分は無神経らしいです」とか呟こうかと
思っていたんだけど、どうもそれは少し間違ってる気がしてやめた。

たしかに一部では全く気を遣わない部分もあるとは思うのだけれど、
むしろ逆に、相手に合わせようと気を遣いすぎている可能性がある。

その気の遣い方が、たまたま合う相手には強くマッチするのに対し
逆に合わない相手にしてみれば過大や過小で不快感を与えるのかと。

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