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2013/08/10

向き合ってくれる人、できなかった人

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自分自身の仕事の遅さに対しての罪悪感のようなものは、
ひょっとしたら人一倍かもしれない、などとふと思った。

友人宅連泊の最終日、彼女に問われて昔の話を少しした。
妻と死別する直前の頃、ズルズルと仕事が遅れたりして
(またときには飲みに誘われ断りきれず)帰りは終電、と
なるコトが多く、一緒に過ごす時間は非常に少なかった。

仕事の遅さで周囲に迷惑をかけた場面は、それ以前にも
何度かあって、その後にも繰り返してしまっているのだ。

分かっちゃいるけど直せない、いろいろ工夫しても改善
してくれない、そういう自分を恨んだり憎んだりもした。
でもそれでは解決に繋がらないような気がするので諦め、
ある程度は自分を許すつもりで妥協点を探ってきている。

おそらくそれは、過去の自身を許せない自分のキモチを
見ないようにしてるだけ。裏にはドロドロしたのがある。

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一人になってしまったから致し方なく自分で自身と向き
合ってきたものの、つい避けてしまう部分もあるワケで。

彼女は相手を「読解する」ようなトコロがかなりあって、
明確でないにせよ「語らないけど器用に避けている部分」
があるのには気付いて、今まであまり障らないようにと
気をつけてくれていたし、おそらく今回は勇気を出して
そういうトコロに注意深く触れてくれたのだろうと思う。

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