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2013.08.25

「その“現実”を見ている人はこんな“現実”も(ry」

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それから、ソーシャル()上において少なからぬ頻度で遭遇するのが、
「ムラ」とか「御用」とか、「スピン」とか「PA」とか、そういう
用語およびソレっぽいイメージでヨノナカを見ているらしい人たち。

これ実は「反権力コンテンツ」を堪能しているのかな、という気が。

いやまあ権力の中に悪意を見出すほどではないにせよ、その専横と
権力におもねる人々、そしてソレと対立する「市民」「民衆」的な
構図を“現実”として見えてる人には、非常に現実的な解釈だろう。

もしかしたら、そういう世界観も実際に成り立つのかもしれないが。

まあしかし個人的には、人材や予算や情報や時間など各種リソース
いずれも完全ではない状況で、完璧でもない個人や集団が活動して
いくと不手際や不作為や対立感情などから惹起され得るものと思う。

こういうのまで全て害悪であるとみる向きには、ちと賛同できない。

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歴史に学ぶというのなら、歴史上の事件を生じた集団など取り上げ
「○○は危険」などと表面的な事象をなぞるような考察だけでなく、
その構造や構図にまで踏み込んで検討して、今後に活かしたいもの。

……とか書きかけたトコロで、ふと思ったのが「独立機関」の存在。

政府中枢から独立した権限を持つ機関を立ち上げるのは流行であり、
政府に対する不信感を持つ者たちに対する説得力として役立つけど、
政府から制御できぬ上に強い権限を持つ組織が他のコトを顧みずに
独走すれば、最終的に政治不信を深まらせる結果になりはしないか。

そう、ちょうど戦前の政府が軍部を統率できなかったような感じで。
もっと言うなら、それってつまり政府不信の人たちの圧力が失政を
招いて政治不信を他の人たちにまで伝染させているようなものかも。

なるほど言えば叶うワケか。いや呪いの如く現実化する現実感かな。

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