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2013/09/23

半生紀(37) 「嗜む程度には」の程度とは

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自分が物知りではないという認識は、かなり昔からある。
とか言うと知人たちは違和感を覚えるかもしれないけど、
そういった自覚が割と強いから、そうだとしか言えない。

小さい頃は普通より知識が偏ってたせいもあっただろう、
世間知らずなトコロを周りに嗤われたりした過去もあり、
たぶんおかげで自らの知識に満足せぬ癖になったのかと。

その一方で自分の知識を説明するのがかなり下手だった。
だから少なくとも説明できる程度には納得して語ろうと、
裏返せば他人を嘲笑する程度の知識では不足という認識。

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でもね、そんなに知識を詰め込みたいとは思っていない。
どっちかというと過食飽食にならない程度に抑えがちだ。

詰め込みすぎたってどうせ忘れ去るし、知恵を練れない。
そう、大事なのは量じゃなくて説明できる程度の納得で。

まあやっぱり、いろいろ総合すると「嗜む程度」かなと。

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