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2013年9月

2013/09/30

過去のアレやコレも生きる

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でも少しばかり違う方向から考えてみればカネや時間を
大して使わずに機会が得られたコトは幸運だとも言える。
しかもその機会に(かすっただけではあるが)手が届いた。
その微妙なアタリを(無理矢理にだが)使うコトもできた。

こういった不意に降ってくるような機会は、生きてさえ
いればまた次があるかもしれない、そんな運次第のもの。
あとはそういうのを早めに察知したり、上手く捉えたり、
その結果を何とか活用するような、そういう蓄積も重要。

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2013/09/29

煙とともにドロン

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日頃たいがい割と出遅れる性質だなとは思っているんだけど今回は違った。

前日の予行は当日の時刻に合わせて行われたと判断して張り込んでみたが、
被写体の出現タイミングが遅かった。場所を選べといえばそれまでだけど。

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2013/09/28

自称逸般塵の不通の日記(452) 間もなく10月、順調に秋

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最低気温が20℃を下回るようになると活動が活発になってきて、
最高気温が25℃を下回るような日なら自宅で終日仕事ができる。

おかげでしばらく停滞していた作業も少しは進捗をみせている。
それから少しくらい散歩など出歩いてこようという気にもなる。

しかし10カ月くらいは停滞に近い状態が続いてしていたワケで、
動き出す感覚が今一つ掴めず動いては止まったりしている現状。

今は試運転のようなものだと諦めて、いろいろと整理しながら
晩秋へ向け再び本格的に動き回れるよう調整していくしかない。

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2013/09/27

ニホンのキホン・あれやこれやと枠を作る国?

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列島全体が四方を海に囲まれている上に国内では険しい山や
大河川・湖沼など地理的に細かく区切られたのが行政の区画
としても使われ人々は小さな枠の内側での生活に馴染んでる。

自分のいる枠組の外側にはあまり強く意識しない、というか
意識する必要性があんまりない、だからタコツボ化しやすい
んだけど反面で狭い範囲での競争になるせいか物凄い速度で
劇的な変化を遂げたりするコトもある。そんな雰囲気がある。

一方で枠の外側には漠然と憧れつつ苦手意識もあったりして、
外へ出たがらない者も少なくないし外部の人に頼るのも苦手、
枠の内側の問題は枠内で片付けようとする、という面もある。

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2013/09/26

このクニのカタチ・いろいろ捨てられない国?

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これは自分の中の思考の動きを観察していても思うのだけど、
これまで得てきたモノを捨てるなんてコトが難しいのが日本。

外国でもそのまま使われる「もったいない」的な感覚てのは
土地面積だとか地下資源とといったリソースが限られている
(特に使いやすい資源は限られる)土地柄もあるかもしれない。

その割に気候風土の面では多彩で豊かな生物多様性があって、
特に生物環境再生力は、わずか1~2世代で使われなくなった
遺構が朽ち果て草木に埋もれる様子など熱帯にも負けぬ有様。

こういう持ち前の条件を活かすのが、安易に捨てないという
感覚なのかもしれない。捨てたら儚く消えてしまうのだから。

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2013/09/25

繰り返し積み重ねて今

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有限の世界の中でさえ些細な存在だから
行きたいトコ全てには行けぬ運命にある
有限の時間の中でさらに短い一生だから
やりたいコトも全てはできぬ運命にある

とかちょっとニヒルなコトは昔からよく書いてるけど、
特に何か嘆いたり儚んだりしてるワケではなく単なる
実態というか現実というかそういったのの再確認して、
「だからこうする」という方向へ繋げるための考え方。

日・週・月・年といった周期を考えると、
やはり最大の制約条件は時間なのであり、
その使い方というのを考えないといかん、
特にダラダラしがちな性質だから猶更で。

長らく仕事の乏しい状況が続いてきたけど、最近では
ボチボチ入ってきたので、たまには自分のコトなんか
構ってられないくらい忙しくしていたいとは思うのだ。
(まあそんなの長期間できるるもんでもないんだけど)

まあ成長も何故か妙に遅い性質ではある。
今の仕事は10年ほども続けているけれど、
ようやく最近になっていろいろと何かが
掴めてきた気がする、というほどのもの。

モノゴトをイメージとして捉えて理解していてそれを
言葉に変換して喋ったり書いたりしているのだけれど、
当然ながら言葉のまま理解して出力する人よりは遅い。
そういう短所を抱えつつ理解力という長所を活かそう。

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2013/09/24

自称逸般塵の不通の日記(451) 嗜んでみたつもりが少し違ったかも

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だいたいにして日常生活というのは当事者にとっても割と退屈な日々の
繰り返しのようなトコロがあって記録しても面白くなさそうに思えたり
するがそれは当人にとっての認識に過ぎず、今のヨノナカでは異文化に
生きているような人たち、それこそ同じ現代社会の中ながら全く異質な
生活をしている人たちも結構いるというか同種の生活をしてる人の方が
実は少ないものだったりするんで興味深く思えたりするものだし、似た
ような生活をしてる人たちにしてみても「あるある」的な面白味はある、
のでここで日々のハナシを書くのもそれなりの意義を持つと思っている。

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2013/09/23

半生紀(37) 「嗜む程度には」の程度とは

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自分が物知りではないという認識は、かなり昔からある。
とか言うと知人たちは違和感を覚えるかもしれないけど、
そういった自覚が割と強いから、そうだとしか言えない。

小さい頃は普通より知識が偏ってたせいもあっただろう、
世間知らずなトコロを周りに嗤われたりした過去もあり、
たぶんおかげで自らの知識に満足せぬ癖になったのかと。

その一方で自分の知識を説明するのがかなり下手だった。
だから少なくとも説明できる程度には納得して語ろうと、
裏返せば他人を嘲笑する程度の知識では不足という認識。

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2013/09/22

この先のアレやとコレやと

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そういうのは大きな邪魔が入らなかったからできたのか、
あるいはひょっとしたら周囲との衝突があっても何とか
折り合いつけたりして対応できたとか、はたまた当初は
気に入らなくても続けてるウチに何らかの発見があって
それなりに興味を持って取り組めるようになってったか。

何はともあれ周囲からの影響を強く受けていては無理で、
まあいずれにせよ自分の内側で処理したケースは多そう。

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2013/09/21

いろいろあって今あるもの

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「卵が先か鶏が先か」のような問題はあるかもしれない、
もともとそういう方向性があったのを言っただけなのか、
あるいは自分に言い聞かせ続けてたからそうなったのか。

若い頃から身体を巧く使うよう心掛けてきたつもりだが、
特に鍛えたつもりはないんだが次第に筋肉もついてきた。
(ビルの窓などに映り込んだ姿を他人と比較して分かる)

これが近年、精神を上手に使うような心掛けにも拡大し、
ひょっとしたらそのおかげで少しは忍耐も身に付いたか
どうかという現状だが、もう少し後になれば分かるかな。

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2013/09/20

昔見てた現実のようなのが

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それにしても若い頃に言っていたのが今になって役立つ
場面が多くて困る。「余裕は必要なら作るものだ」とか
「食事は大事、借りてでも食え」とか、そういう教訓が。

成長が遅いっていうか高校生くらいの頃には老けていた
つもりだったのに、まだ当時いろいろ世間知らずだった
ななんて後から思い知る、そんな経験を繰り返してきた。

それなりには昔も自分のコトを分かっていて言っていて、
かなり当たってるけど現実は予想より厳しいコトもある。
とか最近、実際そういう状況に陥っているから思うのだ。

さて次に出くわす現実ってヤツは、どんな感じになるか。
いろいろ予想や予感はあるんだけれど、それはともかく
ボチボチ仕事が入ってきたので、しっかりやらないとな。

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2013/09/19

自称逸般塵の不通の日記(450) 止められないから調整する

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訪問先で話が弾んで長居してしまうコトが、たまにある。
今回の出張は、そんな感じだった。仕事に関係する話題
ではあるけど本筋からは少し離れた部分で話し込んでた。
いろいろ勉強になった。ただし仕事と直結しない部分で。

そういうのは仕事の一つひとつの案件でみれば無駄だが、
面白味が感じられなくてもやらねばならない仕事の中で
こういう案件がたまにあるという実感がモチベーション
の上で大いにプラスとなるので、全体的には良いコトで。

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2013/09/18

自称逸般塵の不通の日記(449) 9月も気付けば半ば過ぎて

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最高気温の観測史上記録を競うかのような猛暑だったが
2010年ほど長くは暑い日が続かずに済んで助かった今夏、
締め括るかのように秋めいた空気を運んできた台風一過、
夏と秋の空気を前線に沿って摩擦攪拌接合したかの如く。

列島の大半を縦断しながら人的被害は少なくて済んだが、
経済的損失は結構なものになってしまったのではないか。
などと思いながら雨上がりの少し鈍い空の下で買い出し
兼ねて近所を歩き回っていたらヒガンバナが咲いていた。

まあ人死にが少なくなっただけでも昔よりずっと良いか。

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2013/09/17

大声も聞き流せれば反発せず済むかも

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マジョリティというほどでもないけどノイジーな集団
に対して水を掛けるような反応が発生しがちな場面は、
たぶんその声が集団の大きさに比して過剰すぎるとき。

これはネガティブな方向性だけでなく逆方向でもある。
ソーシャル()では、突如爆発的伸びる流行が結構あり、
そいうのにも似たような反動が、しばしば観察される。

「メインストリーム嫌いのサブカル好き」みたいなの
ではあるんだけれど、もちろん「サブカル好き」の中
にもメインストリームを嫌いではない人がいるワケで。

その違いは何なんだ? って考えてしまうワケですよ。

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2013/09/16

大きな声ゆえに反発される場面もある

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先日ちょっと一部の間で話題になってた「黙る科学者」
の人たちは、きっとそれに似た感覚を、もっと激しい
言葉の応酬の中で感じたのかもしれない。お祭り騒ぎ
というかもう革命騒ぎみたいな状況の中で冷静な声は
正直なトコロほとんど効果が期待できないのも事実で。

そうやって祭りに熱中してる人たち以外が声を控える
コトで祭りの渦中にいる人たちには水を掛けるような
意見が届かなくなって、まるで確固たる多数派である
かのように感じられるに違いない。熱中が醒めるまで。

でも別の声ってのは全く違うトコロから来たりもする。

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2013/09/15

切っても切れない関係だから割り切るのが難しいのか

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でもまあホントそういう割り切った発想は難しいよな。
だいたいにしてソレはヒトの本能のようなのに反する。

そもそも少数派に陥った時点で、多数派への接近さえ
「抜け忍狩り」的な攻撃をグループ内で受けて命懸け。
まあ四面楚歌の状況となればミウチの結束を高めたく
なる心情は分からなくもないんだけどそれが敵を増し
味方を減らすときてるんだから、ホント困ったもんだ。

だいたいにして今までの敵対心を捨てて相手方に寄る
なんてトコロからして大きな覚悟が要るというのにね。
それこそその争点以外のトコロで別の集団の中の人と
個人的な繋がりを持ってたりしなけりゃ踏み出せまい。
(「自主避難者の出戻り問題」みたいなのもそこかな)

逆に多数派となった側の人からしても、過激化先鋭化
しつつある急進的少数派の中の人をどう扱えばいいか。
どうしても面と向かっては腫れ物を触るような微妙な
態度になってしまいがち。これもまた乗り越えないと
多数派の側にしても少数派の提案を受けるのが難しい。

結局それじゃぁ少数派になったら多数派の圧力に屈し
恨みを飲んで潰されていくだけで、それでいいのかと。

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2013/09/14

反対なら賛成できるよう改めてもらえばいいじゃない

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既定路線に反対する意見を持つ者のベターな手段とは。

反対する意見が既定路線になった時点で既に正面での
勝負には負けている。少なくとも多数派の支持はない。

それでもまだ正面から反対を訴え続けるなんて愚策で、
もう既に搦め手から攻めるしかない状況に陥っている。
所詮は数の取り合いの勝負に過ぎず「どっちが正しい」
というハナシではないのだけど、どうしてもヒトって
自分を正当化したい欲求があって、勝負に負けたとき
には、その欲求にも負けやすくなっており、たいがい
屈して「アイツら全てが間違いなのに」とか言い出す。

そもそも多数派というのは多数だけに齟齬も大概ある。
外からは一塊の集団のように見えても中は葛藤もある。
その中の少数が行ったコトも連帯責任的に押しつけて
拡大解釈して全部が悪だとみなす考え方をしてないか。
そいうのを一つひとつ数え上げて呪文に練り込んだり、
あとよくあるのが微妙に誤解した理解を元に非難する、
いわゆる藁人形攻撃のような行為に陥ってしまいがち。

こういうのは対象や周囲を地味にイラつかせるもので
孤立への方向だけ開けた柵を自分の周囲に作るが如く。
(ただでさえ少数派なのに)友好的な姿勢で近寄る人が
次第に減っていくし、逆に攻撃的な姿勢で近寄る人は
増える一方。そして前述の敵が悪い信念と結びついて
さらに良くない方への正のフィードバックが進んでく。
そして「世間の敵になる閾値」を、いずれ踏み越える。

あとは社会から叩かれつつも急進派として先鋭化して
どんどん少数になり内部分裂も生じながら鎮圧される。

そんな、明らかに誰の為にもならぬ結末を避けるには。

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2013/09/13

ニホンのキホン・重箱の隅こそ綺麗好きの証?

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ひょっとしたら「こういう具合に社会を良くしていく」
みたいなビジョンを打ち立て人々をまとめ上げていく
のが苦手な人が多いのが日本なんではないかっていう
気もする。いやもっと言ってみれば一人のカリスマが
いればいいというワケでもなく、皆が納得して自然に
集まって動き出すような題目か何か持ってこない限り
誰が旗を振ってもこのクニでは大差ないのではないか。

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2013/09/12

このクニのカタチ・森まで見なくて済む社会?

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何か大きなデキゴトがあったら一斉に動くような感じ。
ただ震災津波と原発事故との反応の違いを見ていると
一斉にといっても閾値は地域や世代により違っている、
また時代によっても異なるはずで一慨には言えないが、
いずれにせよ日本のヨノナカ全体が動くとは限らない。

この反応の差異に関してはデキゴトの規模のみならず、
内容も大きく影響する要素のような気がしてならない。
たとえば自然災害であったり外圧であったり、つまり
「自分たちだけでは避けようもない」デキゴトに対し
特に強く影響される一方、集団の枠内から生じた人的
な問題などにはむしろ排斥するような方向に動きがち。

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2013/09/11

たまには時事ネタ(95.5) 空気で読めるコト

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筆者としては、積極的に肯定するほどでもないにせよ
ネガティブに考えるほどのコトではないと考えている。

国レベルで考えれば経済活動というのは半分くらいが
人々の気分で左右されるものであると思っているので、
たとえば社会インフラ系の企業などの設備投資が周辺
分野の業界にまで波及するといった実質的な期待感が
直接関係しない分野にも刺激をもたらし消費を底上げ
する、そういうのの影響が2~3年くらいで見え始めて、
4~5年すれば各所で目に見える変化が出るものと思う。

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2013/09/10

たまには時事ネタ(95) 空気を感じるコト

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立候補・招致活動の段階では賛意を持たなかったけど、
開催地として決定したのなら今さら言っても仕方ない、
この段階でなお文句を言うのは単なる愚痴に過ぎない。
決定すなわち確定を受け容れて今後を考えた方が良い。

……な考え方の人たちは結構いると思うんだがそれを
「今まで反対してたくせに決まったら掌を返すように」
みたいな感じで快く思わぬ人も、まあ少なくない様子。

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2013/09/09

現世の秋?

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でも、少なくとも今の時代が気に食わないからといって
過去に戻れというのはおかしなものだ。これは譲れない。
いや個人的な反発心というか、まあほぼ有り得ないから。

だいたいにして時代の変化というのはエントロピーとも
似たトコロはあるが少し違い、どちらかというと生命が
進化したり滅びたりするのをマクロに眺めるのに似てる。

効率化が行きすぎて現代には反動で多様化への方向性だ。
そこだけ見れば振り子が戻ったかのように見えるだろう、
けど多様なのを多様なまま管理できる環境が整っただけ。

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2013/09/08

人生の秋?

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近代化というのは、画一化や単純化により効率を高めた。

ていうか初期のテクノロジーで管理しやすいようにする
ためにモノをカネと同じく数表で扱えるよう規格化して、
それがヒトのライフタイルにも影響を及ぼしたのだろう。

その帰結、ことヒトに関する部分については、いろいろ
問題があると考えている者も少なくないはずで、それが
科学批判や文明批判といったカタチで、よく議論される。

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2013/09/07

消極の秋?

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まあしかし、そんな活動そのものが目的かの如き運動を
続けていられるくらい社会の中に余裕があって彼ら自身
にも余裕があるっていうのは、まだマシなのかもしれん。
(自分に余裕がないから羨ましい、という気持ちも若干)
いや歴史上を振り返れば、本当に余裕なくなった群衆が
集って暴走する例などもあったりはしたけど、今は違う。

何らかの祈願を掲げた行列とかそういう宗教的な風情も。

この問題を司るナニモノかがセカイのどこかにいるはず、
でそこに意志を届ければ何とかしてくれるという感覚か。
科学以前には神仏だとか妖怪とか悪魔とかそういう諸々
あったし、貨幣経済になれば蓄財は悪とされ、それから
何かにつけ政治体制に対する非難とかもあったし、近代
以降になれば科学は悪だ、みたいな空気は一部に根強い。

いやまあ科学と宗教の対立とか言い捨てるのもアレだが。

※なお、ここで言う「科学」は科学に関する知識でなく
科学の発展に不可欠な姿勢そのもの、すなわち仮説検証
プロセスを繰り返して少しずつでも実態に迫ろうとする
その態度のコト、一方の「宗教」として書いた側は何か
特定の宗教をイメージしたものではなく宗教の負の側面
として現れやすい教条主義的な考え方を指すものとする。

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2013/09/06

運動の秋?

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「反○○」とか掲げるヒト集団の場合はたぶん少し違う。

特に、その対象が複数、多岐に渡るような人たちの場合、
社会システムや組織体制のようなトコロからして反感を
抱いてたりする人も少なからずいるし営利活動などにも
反発していたりするもんだから企業などで行われている
ようなマネジメントを避けようとするような印象がある。

それと意見をスリ合わせたりするような議論なども苦手。

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2013/09/05

われ、関する

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その人が何を目指しているかによって、思い付く仮説は
ずいぶん違ってくるのだと思う。もちろん多彩な仮説を
挙げて現実に最も近そうなのを選べればベターなのだが、
ヒト集団内に於いては必ずしも適切な仮説そして目標を
選択できるとも限らず、ときに残念な結果にもなったり。

広域災害の際に、たまたま持ち合わせていた品物や以前
から備蓄していた品物などを互いに出し合って分け合い、
それでも足りない部分は皆で知恵を働かせて間に合わせ、
外から助力が得られるまで持ちこたえようとしたりする。
でもこれは非常に限られた状況でのみ生じる現象である。
使えるリソースを上手に使って困難な状況を乗り切ろう、
足りさせるコトこそ全員に共通する目的、という意識を
誰が言うでもなく共有されている状況ゆえ可能なのだと。

集団内のヒトビトの目標の方向性っていうのは、束ねる
のが本当に難しい。内部の階層が複雑すぎたり、異なる
価値観で活動するグループに分かれていたりすると特に。
そこまで行かなくとも上下関係は常にあり大概は上から
下へと価値観が押しつけられるような構造になりがちで、
そこへ所属する社会階層が上と下とで異なってたりする
ような場合には相互の交流が乏しければすぐに方向性が
乖離してしまって、全体の活動に齟齬を来す結果となる。

たとえば日本の大企業など見ていると、まあよく分かる。
成長が停滞してくれば支出を絞り込むから上下の交流の
機会が減り、人材の登用も減って下層から上層へと成り
上がる道も細る、停滞が長引けば乖離は大きくなる道理。
そんな中で挑戦し続けるなんて掛け声を発したとしても
上の方だけの空文になってしまい下の方までは響かない。
そして上層では失敗を恐れるあまり責任転嫁の先取りを
し合い、全体としては尻込みし続ける組織と化していく。

状況が厳しいときほど、上の方の連中は下の方の連中を
しっかり仲間に引き入れていかないといけないのだろう。
何かを維持するには意地だけでは足りない。それは低い
階層の者ほど深刻だ。それに見合う分の稼ぎだって必要。

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2013/09/04

そう、関せず

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そういえば先日どこかのニュースサイトか何か見てたら
「収入が高い人ほど前向き」とかいう調査結果が出てて、
その考察として前向きさが収入に繋がるみたいなコトを
書いてる人がいたんだけど、逆の因果関係もあるんでは。

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2013/09/03

鳴くまで待ってられるかどうか

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そういえば、昔の職場の上司が何かの占いに凝っていた時期があって頼みも
してないのを勝手に占ってくれたりしたものだったが、その結果はというと、
「若い頃は上手く行かないが、後半生になると、どんどん運気が向いてくる」
みたいな内容だった。折り返し点の年齢に差し掛かっている今ふと思い出す。

こんなもん、特に信じるに足る理由などないが、若い頃にあった欠点を少し
ずつ潰してきているつもりだし、さすがにこれからさらに悪くなるようでは
本当に終わってしまうから何とかして良い方へ転じていこうとしているので、
もし今後も人生を続けていけると仮定するならば、そうなるのかもしれない。

そうだな、「なったらいいな」、いや「そうしていかないとな」、と思おう。

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2013/09/02

天才は我を忘れてやっている

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天才という言葉は、良くも悪くも前例とか周囲の動きに流されず自分勝手に
思いついて、それを実行して結果まで到達できる人を指す表現なのだと思う。

我が身を振り返ってみれば、天才でも秀才でもなく単に「多彩な抽斗を持つ」
というだけのような気がする。この抽斗の中身を、昔は読書で蓄えてきたし
最近ではソーシャル()などでヒトの動きを観察して得ているコトが多いかな。
蓄積した知識が繋がってネットワークを構成して世界が開けていってそれが
知恵に繋がる、この知恵を以て観察結果をさらに分析して深めていくような。

それっぽい性質は昔から自覚があって、たとえば単なる文句だとか表面的な
批判など、どうせ誰か(≒多数)が言うだろうし聞き飽きてるし自分で言う気
にもならないので、そんなの放っといてより深い考察を、という感じだった。
だからか、観察や分析などについては意識して伸ばそうとしてきた面もある。
まあやはりメインストリームでなくニッチの方が性に合う、というワケだな。

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2013/09/01

産業の隙間で

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あとそれから、自らの持つ性質と今いる業界とのアンマッチがそもそもあり、
ここ十年以上ずっと業界全体が薄利多売の方向へ進んできてるトコロなのに、
そのコトに割と早くから気付いているはずだったのに、そこへ適応するのが
難しい性質、拙速が苦手で、ついつい巧遅になってしまう性質で、いやまあ
それなりに深く考察して仕事をしているつもりなんだけど、ゆえに苦戦中だ。

この業界の流れは逆転どころか停滞するような気配さえ見せず進行の一途で、
いや逆方向の流れはある、ただし業界外の、もともと別の仕事をしている人
たちにとって、むしろ業界への参入障壁が下がったというか、その専門性を
武器に入ってくる感じで、そういうのなら割と高値でビジネスになっている
様子だけど、なにせ深く狭くではなく浅く広い感じなのでそこにも行けない。

ともあれニーズのメインストリームが自分から離れた場所を流れている以上、
適応できそうなニッチを探して彷徨う以外に生き存える道はないのだろうな。

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