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2013.09.09

現世の秋?

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でも、少なくとも今の時代が気に食わないからといって
過去に戻れというのはおかしなものだ。これは譲れない。
いや個人的な反発心というか、まあほぼ有り得ないから。

だいたいにして時代の変化というのはエントロピーとも
似たトコロはあるが少し違い、どちらかというと生命が
進化したり滅びたりするのをマクロに眺めるのに似てる。

効率化が行きすぎて現代には反動で多様化への方向性だ。
そこだけ見れば振り子が戻ったかのように見えるだろう、
けど多様なのを多様なまま管理できる環境が整っただけ。

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もう一つ、時代の要素がある。世代が変わってきたコト。

社会に出ればバブル後という団塊ジュニアあたりの世代
になると苦悩し続ける宿命を負わされているような印象
があって、そのせいか考え方の多様化は進んだ気もする。

いわゆる「ダイバーシティ」も近年そこそこ意識の高い
(悪くない意味で)企業のトップなどがよく推進していて、
多様な生活スタイルの人を受容する社会ができつつある。

多様な人材を置いとくには管理の手間を軽減する必要が
あるが、そのためのツールやノウハウが蓄積されてきて
属人的な運用が不要になってきた、といったトコロかな。

そういうのは、前の世代までに積み上げられてきた科学
技術やら思想やら何やらの上にまた一つ積み上げただけ、
そうして歴史の季節は巡り、社会は少しずつ変わりゆく。

人生を喩える際の秋とは違って、社会サイクルの場合は
秋だと喩えていても冬を過ぎれば春が来る前提なのだな。
そこで生きる人にしてみれば季節なりの生活しかできぬ。

どんなに大きなデキゴトだって遠くなれば風化するもの。
10年20年も過ぎれば、社会のデキゴトかなりが過去形だ。
1世代2世代過ぎれば、社会というか中でも歴史の領分で。

東京五輪の2020年は遠くも近くも感じられるワケだけど、
その頃には2013年のコトをどのようにヒトビトは思うか。
そして2011年のデキゴトについては、どう思い返すのか。

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