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2013.09.16

大きな声ゆえに反発される場面もある

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先日ちょっと一部の間で話題になってた「黙る科学者」
の人たちは、きっとそれに似た感覚を、もっと激しい
言葉の応酬の中で感じたのかもしれない。お祭り騒ぎ
というかもう革命騒ぎみたいな状況の中で冷静な声は
正直なトコロほとんど効果が期待できないのも事実で。

そうやって祭りに熱中してる人たち以外が声を控える
コトで祭りの渦中にいる人たちには水を掛けるような
意見が届かなくなって、まるで確固たる多数派である
かのように感じられるに違いない。熱中が醒めるまで。

でも別の声ってのは全く違うトコロから来たりもする。

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たとえば、個体差も結構あると思うけど「サブカルに
嵌ってる人はメインストリームを妙に毛嫌いする傾向」
みたいな、自分が興味ないモノゴトについて他人から
アタリマエのコトのように言われ続けると反発したく
なってくる天の邪鬼な心理ってあって、人によっては
割と強い動機となって、祭りを冷まそうとしたりする。

まあ実際、「どうでもいい感覚(無関心)」+「それを
声高に語って押しつけてくる人への嫌悪」が、「嫌い」
っていう方向へ感情を連れて行く速度は相当なもので。
逆に「無関心」+「好きなコトを語る人っていいよね」
だったら割と平気なのかなと思ったりするんだけどね。
まあ押しつけられたら反発したくなるのが人情ですよ。

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