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2013/09/12

このクニのカタチ・森まで見なくて済む社会?

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何か大きなデキゴトがあったら一斉に動くような感じ。
ただ震災津波と原発事故との反応の違いを見ていると
一斉にといっても閾値は地域や世代により違っている、
また時代によっても異なるはずで一慨には言えないが、
いずれにせよ日本のヨノナカ全体が動くとは限らない。

この反応の差異に関してはデキゴトの規模のみならず、
内容も大きく影響する要素のような気がしてならない。
たとえば自然災害であったり外圧であったり、つまり
「自分たちだけでは避けようもない」デキゴトに対し
特に強く影響される一方、集団の枠内から生じた人的
な問題などにはむしろ排斥するような方向に動きがち。

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まあそういう性質はヒト共通の部分も大きいとは思う
んだけど特に日本という枠組の中だと顕著な気がする。

世界中を敵に回しては勝ち目がない小ささだけれども、
世界の中で存在感を認められるくらいの規模感はある。
それでいて傑出したリーダーがいなくても分裂はせず、
まとまりを何となく保てる程度の手頃な規模でもある。

ときたま触れているように独特の地理地勢条件もあり、
「おかげさまで」ダラダラと過ごしがちな人々がいる。

そのうち何もかもが日々の繰り返しに埋没していって、
放っておくと細かいトコロまで突き詰めようとするし、
些細なコトに拘泥して大喧嘩になったりもするけれど、
その舞台だとか枠組となる大局を変えようとはしない。

そこに時間的な区切りを一つ設けるのは意義ありそう。
特に、何となく目標を見失いかけてるような時代には。

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