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2013/11/12

何がどう思われるか、その結果は

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助言というのは、相手にとっては受け取った結果が重要。
だけど発する側からすると行為そのものが重要なのよな。

そういう関係というのは助言に限らず様々な場面にある。
たとえば教育の現場で良くない行為をした生徒に対して、
「気付かせて」反省を促すのも、ある意味で押しつけだ、
親世代からみて致し方ないと思える状況だったとしても。

子供世代では何かにつけ理不尽を感じる余地が残るもの、
そういうトコロまできちんと潰した指導は非常に困難だ。

で実際、教師や親の叱り方に理不尽を感じた結果として、
短期的には不信感や反抗的な態度となり、中長期的には
その対象が組織や体制、社会の枠組にまで拡大していく
可能性も充分にあるだろう、という風に考えている次第。

もしそういう因果関係が成り立つのならば、むしろ指導
こそ反社会的思想を作り出す温床になりかねないかもな。

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まあ人生ってのは複雑さの極致のようなトコロがあって、
何がどう作用して何方へ転がるか分からないワケだけど、
そう言ってしまえばそれまで。しかし実際それなりには、
「あの事件が人生を変えた」とか「あの人のせいで云々」
といった転機のようなのは誰もが一つ二つ思い浮かべる。

もし「他人にどう思われるか」を気にする人であるなら、
あるいは結果をこそ重視する人であるなら、他人に何か
影響を与える行為に対して先々まで考慮しときたいもの。

独善だろうと善意だろうと賢くなけりゃ目的は果たせん。

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コメント

苦しくて

また夢を見て

苦しくて

あの日手を離さなければ

どうなっていたかなんて

どうにもならないことを

考えてしまう自分が呪わしい

投稿: プロトロンビン | 2013/11/13 14:39

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