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2014.01.09

我も我も、と悪者へ

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人生こんなのばかりだからスカッとするコトをしたい気持ちは分かる。
そんなときソーシャル()などで、叩きやすそうなのを見掛けると危険。
社会に対する問答無用の悪、みたいな設定があると叩きやすくて困る。
あと逆に、そういう設定を信じ込んだような様子の連中も叩きやすい。

先日なども、某老舗経済誌サイトにて“インテリジェンスのプロ”と
称する人物がポエムだかコラムだか分からぬ記事の中で「三重水素を
水素に変換する」という触れ込みのトンデモ技術を紹介し「元素転換
ですね、これは!」とか言ってるのを見て嘲笑したりしていたのだが。

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でも溜飲を下げるために“叩き放題の相手”に依存するのは違うよな、
などと考えていたら、ある人が「他人に幸福を握られている」という
表現をしていたのを発見して、大いに腑に落ちた次第。まさにソレだ。
何と言うか、“悪者叩き”には依存性があります。ご利用は計画的に。

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