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2014/02/04

現に合わねば無意味

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「やれるだけやった上でさらにそれを確実な結果に結びつけたいとき」
即ち、いわゆる「人事を尽くして天命を待つ」ような局面に於いては
精神的な支柱の置き場所を何処にするのかが、割と重要になると思う。
それは神仏なのか祖霊なのか、はたまた自分自身なのか、哲学なのか。

他人が容易に毀損できるような場所に置くと辛い目に遭うコトも多い。
特に、別の存在を崇める者たちから不用意に酷い扱いを受けたりする。
大事な柱を毀損されたりすれば憤って強く反発するのも致し方ないが、
それで喧嘩が始まって余計な損失を増やしたりするのは互いの不幸だ。

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まあ自分にとって大切な存在なんですぞんざいに扱わないでください、
みたいにアピールして理解してもらうような手も有効だと思うけれど。
とはいえ、アピールして相手に理解してもらうためには、その対象を
当人が明確に認識した上で、伝わるよう表現していかないといけない。

自らの意識で定めた精神的な支柱は、しかし内面のソレからズレてる
場合も少なくないので、ズレを認識して修正していくコトも不可欠だ。
意識して作ったのは設計図のようなもので必ずしも現実に見合ってる
とは限らないから、そのへん現場現物に合わせて落とし込まないとね。

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