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2014.02.01

偽の成功体験の強化

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「○○であるべき」と教え込まれ、それを前提として成長したけれど
社会がそうでなかった、みたいな話、まあ人生によくあるコトと思う。
「目指したけど実現しなかった社会」に適応した状態になったのだな。
そういった側面は中高年以上の多くの人に共通してあるのではないか。

でもまあその苦い思いの反動であろうと、下の世代またはそれを含む
将来の全ての世代に対して、自分たちと同じように、現実に立脚せず
実現の見込もないような理想を抱くよう仕向けるのは果たして正義か。

いやまあ正義なんて言葉は個人的に好きではないんだけど彼らが好き
そうなので敢えて使ってて、自らの思想にも反する行為でいいのかと。

ヒトは自分の都合の良いように理解するイキモノだから致し方ないが。

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「○○であるべき」を他者にも【善意で】強要するような人たちって、
大概は何処かで、「○○したから□□になった」と感じる機会があり、
その○○を自分で実行したという意識があったから、信じるのだろう。

実態がどうだろうと構わないのだ、本人が成功したという気になれば。
あとは、さらに思い込みを持って事に当たればそれが強化されていく。

成功体験は何もないはずのトコロから生じ、自発的に成長するものだ。

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