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2014/03/13

余所の人生も大事に

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ここ何日か、ソーシャル方面についても足が遠退いていた、というか
時間がなくて顔を出していなかったというのが正解ではあるのだけど。

それが11日には仕事の都合で外出するコトになって、移動時間だとか
待ち時間が中途半端に発生して、手持ち無沙汰だったので顔を出した。

日が悪かった。“3.11”にかこつけて自らの拠る正義を主張する輩が
なんというかまあたくさん湧いていて、それを好んで叩く連中もいる。

たとえば「追悼式で君が代なんて」と嫌悪を剥き出した発言があって、
せめて、この仕事が次の日だったら良かったのに、と思ってしまった。

ちなみに個人的には、「千の風」が追悼式のような場面で演奏される
のを聞いたら露骨に嫌な表情をする。嫌な理由は前に書いたので割愛。

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「○○の思いを新たにした」という決意表明くらいで済ませりゃいい
ものを、我々は政府だの東電だのの罪を責め続けるんだぞ的な発言を
見掛けてしまうと、「えっ被害救済後回し?」とか思ってしまうのだ。

「反●●」方面、または「善良な個人に対し害を為す組織」みたいな
世界観を持ち権威を扱き下ろす行為を最優先する「反権威」方面では、
まあそういう姿勢にならざるを得ないのだろうとは思うけどさもしい。

その反権威方面からは権威側に対する憎悪の念が感じられ、その理由
として当人および当人の認める弱者が様々な迫害を受けた例を示して
くれたりするんだけど、その憎悪が自己増幅してやいないだろうかね。

逆に湧いたら湧いたで叩く連中も少なくないのがソーシャルの常だが、
それも少々面倒臭いし叩いても散るだけで減らす効果は期待できない。
そう、こういう場合の攻撃は、ほとんど防御の効果を持たないのだな。

「理由や経緯はよく分からないが叩かれたと感じたので相手は悪者だ」
という思考パターンが卓越した相手を叩けばどうなるか、考えないと。
まあ叩く行為もまた不快感を受けた被害者からの反撃かもしれないが。

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