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2014年5月

2014/05/31

生活の自発的な変化

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それ以前ずっと意識していなかったコトを、いきなり気にするように
なったり、それまで特に行っていなかったコトをやるようになったり、
逆に習慣化してたコトを全然しなくなる、そんな生活の切り替わりは
平均すると2年か3年に一度くらいの頻度で生じているように思われる。

まあ大人になるまでは卒業・入学といった区切りがあったワケだから、
それに同期した形で生活も変化するのは極めて自然な流れではあるし、
働くようになってからも一つの会社に長く居たワケではなかったので、
同じく仕事の都合に同期した形での生活の変化はあったりはしたのだ。

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2014/05/30

その日その日の生活

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外回りの仕事や買い出しなどに支障が出るので程々にしているけれど、
可能ならば夏場は夜行性でいた方が、身体の負担は軽いのではないか。
しかしこれから少なくとも1~2週間くらいは仕事が立て続ける見通し。

なお、その先の予定は決まってなくて見通せぬ、半月暮らしの自由業。
これでも少し前からは相当マシになったのだ。「その日暮らし」より。
まあ持続的な案件がほとんどないんで今のトコロは致し方ないけれど。

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2014/05/29

暑くなって参ります

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梅雨が近付き気温も湿度も上昇しつつある日々ですが皆様如何ですか。
こちらは高温多湿が苦手なので(ただでさえ高くない)作業効率が落ち、
おまけに隣の中学校で体育祭が迫って練習などで騒々しかったりする。
日中の作業の際は喫茶店に避難すると同時に夜間作業を増やす時季に。
この生活は飲食費が余計に掛かってしまうのが課題ではあるのだけど、
蒸し暑さで出にくくなる元気を外食で補うコトにもなるので仕方ない。
そもそも今の生活の金銭的な問題を言い出したらキリがないので割愛。
相変わらず「その日」「その月」くらいの暮らし振りが続いてる現状、
ともかく色々と我慢しながらでも稼ぎを増やしていくコトが優先課題。
何か大当たりでも出したりするならともかく当分は地道に生きるのみ。

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2014/05/28

選ばれるのも人間だ

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それ以前の問題、みたいな人物も少なからず見掛けるよな、ここ数年。
「ぼくのかんがえたせいぎのいかりをうけてみよ」風情の連中だとか。

この手の人たちは、おそらく自らの活動を客観視する能力を持たない。
または客観視できるだけの材料が入ってこない人脈なのかもしれんが、
それは「そういう情報網も構築できぬ程度の能力」というだけのコト。

現状ヨノナカには素朴というか幼稚なレベルであっても「正義の怒り」
みたいなのを有り難がる人たちが相当数いる、そんな世相にあるから、
彼らの得たニッチも過ごしやすかろう、そして自覚してるかどうかは
分からんが、彼らが活躍()して混乱が長引いた方が長く居られるので。

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2014/05/27

選ぶのも人間だから

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示威行為は恣意的に行うもので、強いてやらねばならぬワケではない。

毎度のようにやってると相手も周囲も「またか」となって効果は薄い。
それでも続ければ「あっちこそ迷惑集団ではないか」と嫌われていく。
終には「アイツらが出てきてるからダメだな」とさえ思われてしまう。

「相手は政府や大企業なので幾らやっても潰れない」みたいな甘えが
あるのではないか、その前提で単純に怒りの遣り場を欲しているだけ
に過ぎず本当に解決を目指しているのではない、とさえ個人的に思う。

随意に制御できないけど何らかの重大な判断を下すような存在に対し、
自分の気に食わない動きが生じたら「死んだ」とか言って取り合わず、
気に入るような動きだったら「生きていた」なんて、我儘も甚だしい。

そんなのばかりで、気に入る結果だけ集めた世界ができたらいいね()。

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2014/05/26

それを決めるのも人

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反対ありきの思考パターンを持ち「反○○」を掲げる人たちに対して
社会は何ができるのだろう、あるいは何をすると状況が良くなるのか。

できるだけ触れないようにして他の人たちを啓蒙していったとすれば
反○○グループは社会から孤立して、先鋭化していくのが目に見える。

とはいっても彼らの要求を聞き入れてばかりでは社会全体に不都合が。

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2014/05/25

それを決めるのは人

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連続的な値を取り得るモノゴトに対し、端の方なら白だとか黒だとか
大概の人間は断言できるが、多くのモノゴトは中間的なトコロにあり、
ヒト集団の中では、これは白だ黒だなどと議論が絶えないものである。

議論をするなとか言う気はない、というか議論が生じて当然だと思う
のだけれども何が何でも結論を出そうとしたり普遍的な線引きが可能
であるかのような振る舞いをする者が多すぎると、いささか煩わしい。

人間どうしたって諦めたくないという感覚があるものだとは理解して
いるけれども他人のソレは迷惑だし下手すると社会の害悪になるので
あまり過剰な場合には排除するのがヒト集団の規律として定着してる。

どこらへんまで行ったら排除されるのか、というのも明確な境界線が
特になくてグレーゾーンだから、その場のその人たちのキモチ次第で
動いているけど、黒と見倣す人が多ければそうなるコトには違いない。

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2014/05/24

時代の痕跡を辿って

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今週末は遅れの出ている作業を片付けるのに専念すべく自宅缶詰続行
となる予定なので、遊びに出たいという欲求を普段より余計に抑えて
(最近は日頃からカネがなくて出られないから余計に)いかんといかん。

そんなときは作業の合間に、行きたい場所について考えたりしている。
いつか秋葉街道を走破したいとか、あわよくば中央構造線全走破とか
地図を睨みながら企んでいるけど、そんなのは現状からみて非現実的。

で、もうちょっと現実的な話題。先日、実家から車で20分もかからぬ
場所に城址があるのを地図で知り、実際に行ってみたりしたのだった。
川越城の攻略の際に設けられたという、言うなれば仮設の砦のような。

その現地は入間川の河岸段丘上、少し突き出たような原地形を利用し
空堀と土塁を設けて本陣の守りを固めた、といった風情ではあったが、
後の時代にも開発されたりせず、ほとんど手つかず残ったものらしい。

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2014/05/23

自称逸般塵の不通の日記(468) 引き籠もる日

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仕事が重なったのでソーシャル()方面へのアクセスを一時的に中断し
食後3~4時間ほど仮眠した後に数時間作業する自宅缶詰シフトとした。
これをやると俗世間からの隔離が甚だしい上に体調を崩しやすくなる
ので何日も続けてられないが、急場を凌ぐ姑息な手段としては使える。

しかし最近、これが以前より効き目が薄くなっているような気がする。
原因には何となく心当たりがあって、貧乏生活が続いてるもんだから
外出を控えてばかりで実質的に缶詰状態、そりゃぁ慣れてしまうよな。

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2014/05/22

選ばずとも縛られる

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決めかねていたり扱いかねていたりするようなモノゴトを措いといて
何もせぬままでいれば、そりゃ当然、他に先へ進んでいく連中もいる。

友達の朗読劇というか何と言うか、の小さな舞台を鑑賞してきた先日、
生きるだの死ぬだのといった題材をカジュアルに、といって軽すぎず
丁寧に料理しているような印象を受けて、若いっていいなとか思った
のだけど考えて見たら自分は若い頃からそういうのを慎重に扱ってて
要は個人的に扱いかねているトコロがあり、今でも器用に扱えるほど
には至っていないワケで、それを上手にできるのは羨ましいと感じた。

いつかコレを正面から取り組めるようになるかどうかは、分からない。

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2014/05/21

選ばないという判断

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全面的に正しいワケではないが完全に間違いというコトでもない情報、
ヨノナカに流布しているのは、ほとんどがそういう性質のものである。
よく見れば大概の場合、どっちを向いても微妙な選択肢だったりして、
こういう玉石混交というか渾然一体なのが現実なのだろうなとか思う。

その中から正しい部分だけを切り出して使うコトができるかといえば、
ヒトにとって簡単なものではないようで、実際しばしば混同している。
たとえば自分の選んだ側は正しく、選ばなかった側は間違いであった
と信じようとする、そういった傾向も後の判断に大きく影響してくる。

情報を取捨選択する際、一つひとつ綿密に検証していては時間を要し
機を逃す場合もあるから、ある程度は拙速となる仕組みがヒトにある。
たとえば既存の考え方に近いのを選んだり、本人が信頼している人物
によってもたらされた情報を選んだり、といった判断基準が使われる。

つまり各人の代替判断基準には本人の持つ知識や周辺環境、社会情勢
などが大きく影響を及ぼしている。知識も周囲から取り入れるもので
あるから突き詰めると基本的に「周囲に依存して」判断してるのだな。
もちろん個体差も大きいはずだが大概ある程度の範囲というのがある。

中でも特に、同一の社会環境下にある一般的なヒト集団では、各人の
代替判断基準が極めて似通ったものとなっている例が少なからずあり、
見掛け上の自由判断が同期して多くの個体が同じ側を一斉に選んだり、
ときに大きな損害を生じさせて集団ヒステリーなどと称されたりする。

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2014/05/20

固定に伴う選定行為

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そういえば母方も父方も若干複雑な親戚関係があり、いずれ家系図を
整理して描いておこうと思っては先送りしていたのだけれど、ついに
母が本格的な図の下書きに着手したので、この際に手伝うコトにした。

このうち父方の祖父の先祖については、前に調べた過去があるという。
過去帳などを辿ったところ、幕末頃には鉢形城の下級武士だったとか、
いや実はそこそこの役付だったとか、そんなハナシを伝え聞いている。

いつかしっかり時間を作って調べないといけない、そんな気はするが。

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2014/05/19

記録は固定する行為

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そんな情報の固定化作用も、近現代に顕著な傾向として挙げられよう。
昔からなかったワケではない、文字を情報記録に用いるようになった
時点で可能となったコトだが、扱える情報の量や範囲は大きく拡大し、
そこで固定化される情報の枠も社会全体に及ぶようになったものかと。

民謡とかフォルクローレを採譜して西洋の音階で記し歌詞を整理する、
そういう作業が、ある時点で行われ、それによって変化し続けていた
はずのものが固定化する上に、民族の伝統として教育に取り入れられ
全国的に広まることで地域的な差異も失われてしまう、と考えられる。

そして口伝えに受け継がれ広まっていく間に受けていたはずの改変も
受け付けなくなる。誰もが、記録された内容に立ち戻ってしまうから。
生物標本における「固定」とは標本内の化学反応すなわち生命活動を
停止させるコトでもある。伝承の固定も、おそらく同様の行為なのだ。

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2014/05/18

時代のキモチの記憶

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記憶は当人が自覚しづらい部分で書き換えられ改竄されてしまうもの。
記憶情報というのは割と容易に書き換えられてしまうものであるとは
最近それなりに知られてきたコトであると思うが、それは個人の記憶
だけのコトではない、集団としての記憶たとえば常識についても同様、
それは「にんべんの夢」、儚く消えては新たに生まれ移ろいゆくもの。
とかポエムっぽい書き出しではあるが以後の内容は普段通り面倒臭い。

では本題。親世代が何らかの理由で日常的に行ってたコトを子供らが
風習として受け継いでいたりするのは、よくあるハナシ。さらにその
下の孫世代になれば、もはや伝統として受け継がれていたりするもの。
たとえば、ある友人の両親は満州からの引揚者で、よく餃子を作って
おり、おかげで「餃子の皮など市販されてなかった頃から」家族皆で
餃子を作るのが普通、さらに子供たち世代も同様の感覚であるらしい。

昔のコトについて母と話をしていたら、父方の祖父が町工場を経営し
ていた(零細ではあるが)おかげで、近所では一番早く電話を引いたし、
我々兄弟は誕生間もなく、産院から実家への帰宅で自家用車に乗った。
気付けば成人する頃には「免許を持つ家族一人に一台」という台数で、
最寄り駅まで自転車で15~20分、バス停でも徒歩10分の農村地帯では
そのくらいの車を所有するのも珍しくないと思うくらいになっていた。

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2014/05/17

夢に映される期待感

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過去の「覚えている夢」の映像(ただし自動補正済み)にも共通するが、
今回の夢の中でも、実際に行ったコトのない場所へ旅をしているのだ。
まあ実際の現実に於いても行ったコトない場所にこそ行きたいもので、
それが夢の中の創作だから、普段より余計いろいろ詰め込まれている。

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2014/05/16

夢の中にも行けるか

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しばらく前に課題としてた夢の記録、機会があったので残しておくが、
夢を記述しようとするたびにワークメモリに残る夢の残骸が消されて、
あるいは上書きされたのが混同していったりして不鮮明になっていく。

たとえばこうだ、最後の方で視線の向きを大きく変えたとき目に映る
水路の立体交差、しかしどうみても水が太鼓型の橋を登っていたのだ。
人工的に作られた水路が長い距離をかけて異なる勾配で並行して流れ、
それが最終的に水路橋で交差している映像になるだろうと差し替えた。

夢の中では、そういう映像が検証もなく流れていくが、覚醒していく
過程で様々な関連情報と結びついて自動的に編集されるのかもしれん。
ある意味とても奔放に描き出してくれるので、それはそれで楽しいが。

さてもう少し遡ろう、そもそも最初からずっと道を歩いて小旅行中で、
その地の人々や道行く人々との会話の中には聞き慣れた東京の地名が
幾つも出てきているんだけど明らかに違っていて、どうやら別の世界。

おそらく現代ほど発達する前、だけど近代くらいで、近世から発達を
続けてきた大都市の、未舗装路ばかりの道を昼から夕方、夜にかけて
歩き回って、何故か妙に明るい懐中電灯を皆が持っているような感じ。
(だから夜も不安なく歩き回れる)、ところどころが現代風になってる。

そう、風景そのものは田畑や雑木林なども多く残っているが都市周縁、
建築物は木造平屋か二階建てが中心、ときたまコンクリや石組の低層
ビルがあってそれは大規模小売店舗か公共性の高い建物だったりする、
その割には大掛かりな橋や広い道路(ただし未舗装)もあり、あたかも
現代の大都市のインフラ上に、近世近代くらいの建物が乗ってる様子、
(とはいえ道路の整理など不十分だ。交通量も多くはなかったけれど)

そこを行き交うのは初期の自動車、ところが歩行者は現代に近い装備。
(そういえばクルマは少し運転もしてたけど誰かに借りたのだろうか)
(前に使っていた合成繊維のデイパックなどそのまま出てきていたし)

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2014/05/15

考えるという技能?

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さてハナシは変わるが、読書をしながら流していた音楽だとか、仕事
しながら流していたTVラジオの番組内容のちょっとしたコトだったり、
あるいはドライブ中に景色を眺めながら同乗者と喋った他愛もない話、
そういったのの記憶は、何故か不意に思い出され、しかも鮮明な印象。

こういった「ながら」の場面の記憶が残りやすいのは、思い出す際に
本来リンクせぬはずのモノゴトが繋がっている微妙な違和感もあって
そう感じられるのか、あるいは(実際の事象に於いて関係がなくとも)
紐付けられた記憶が残りやすい、というコトを単純に示すものなのか。

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2014/05/14

歩くのも一種の技能

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昨日は、暫く振りに外でのアポイントがあって出掛けてきたのだった。

現地は駅から長い坂を登ったトコロにあるが、平地より速度の落ちた
他の歩行者を躱しつつ、ほとんど速度を変えることなく抜けて行った。
アップダウンのある移動は、他の人より得意な部類に入ると自負する。

いわゆる推力重量比で平均より有利らしい身体特性もさることながら、
速度を維持しようとする意志(自転車や自動車でも同じ心理を感じる)
およびそれを可能にする技能などがあって、そうしているのだと思う。

もちろん、位置エネルギーを支払わねばならぬのは他の人たちと同様、
平地と同様の速度を維持して歩くには当然ながら出力を増やすワケで
結果として体温は上昇しやすくなり発汗量も増える。到着すれば大汗。

それでも速度を維持しようとするのは、まあ性格なのだろうなと思う。

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2014/05/13

「実力も運のうち」?

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まあ所詮は専ら経験に学ぶ愚者でしかないというコトなのであろうな。
経験を積み重ねて実感できるようになってから、ようやく歴史に学ぶ。
けどそれでいいというか、仕方ないというか、そんな自分を受容する。

なにしろ体験を通じて具体的に把握できるようになってからでないと
知識として取り入れたのを現実に結びつけて考えるコトができぬ体質、
そこを無理して改めるのも、様々な意味で弊害や損失がありそうだし、
むしろそれより得手な面を伸ばして、また活用の場を求めた方が良い。

たとえば目端が利くだとか小器用(主に身体を動かす方面だが)だとか
集中しつつ複数の対象に注意を向けていられる(逆に気が散りやすい)、
そこそこタフ(小器用ゆえ疲れにくい動き方ができるというのもある)
で辛抱強い(単に引き際が決められないだけの場合も少なくない)とか、
他人のコトを悪く言うのが好きになれない(自分が言われるのが嫌で)
一方で誰かが誰かを悪く言うのはまだ少し耐えられるトコロがあって、
目端が利くのの応用で割と察しが良いコトも手伝って語られていない
ような周辺事情も少し見えるので当事者の話ばかりに引き込まれずに、
それゆえ他人から愚痴を聞くのが大した苦にならないというのもある、
そういったあたりが取り柄なのだと、今までの経験から察してはいる。

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2014/05/12

何処まで行けるのか

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人生の残り時間というのは常に減り続けてる、それは間違いなかろう。

だから「その残り時間の中で何かを実現したいなら別の何かを諦めて」
みたいな考え方が、つい浮かんでくる。まあそれは一面の事実だろう。

だろうけど心の底ではソレに納得しておらず、当然ながら夢も希望も
捨てられなくて、これはこれで大事なんだけど、賢い選択とは言えん。

少なくとも世間で言う賢さとは、完成度の高い知性による人生の支配。

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2014/05/11

まだまだ広い列島?

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カネはないけど遠出したい欲求が高まってしまったので発散するため
行ったコトがあり印象深い場所について地図にピンを落としていたら、
日本各地を巡ったつもりが思ったほど行けていないように思えてきた。

いや巡ったつもりと言ったって大半は出張ついでに足を伸ばした程度、
個人的な目的があって旅行をするなど滅多にないのだから当然だろう。
もちろんカネと時間があるなら、それこそ日本中を巡って回りたいが。

まあ、そういう余裕を獲得するのに失敗した、今の状況は何もかもが
自分自身の選択や行動に由来する結果、と言ってしまえばそれまでで。

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2014/05/10

効果には個人差あり

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まあしかし余裕がない状態というヤツも、経験してみると発見も多い。
いやまあ他人に体験を勧めるというワケでは全くなくて、個人的には
得たモノもあるかなという感想を抱いた、くらいのものでしかないが。

そもそも言葉にしてしまえば同じものとして把握されてしまいがちだ
けれど、個々人の特性や年齢性別職業さらには周辺環境などといった
数々の要件により似ても似つかぬ無数の状態が考えられるものであり。

それにより人により影響は様々、当然ながら悪影響も少なからずあり。

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2014/05/09

要は何処か行きたい

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例によって資金繰りがギリギリなので外向きの活動が停滞しているが、
たぶん今日ちょっとばかり入金があるはずなので確認次第動くつもり。

あと月末には(最近にしては)少し多めの入金が入る予定になっていて、
それを受けて少しは活動を増やしたいと考えているが、そんなに多く
入るワケでもないので使い途には熟慮が必要、無駄遣いは避けないと。

あと若干の未請求案件と、来週にも一つ新規の案件があって、云々々。

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2014/05/08

慣れというのも問題

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一人でいる時間があまりにも長くてコミュニケーションの取り方など
少し忘れかけてるような気がして、そういうのは是正していかないと。
あと、仕事が乏しい状態が続くと仕事の進め方も忘れていってしまう。

飢餓状態に身体が慣れすぎてしまうと食料が豊富なときに食い過ぎて
しまうようなものか(ダイエットは経験ないがリバウンドはよく聞く)。

そのまま一生を安泰に生きられるなら良いが、違うっぽいので改善を。

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2014/05/07

連休明けたら酷い朝

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中学生(とりわけ男子)は何故、運動するとき掛け声が絶叫調になるの?
連休が明け次の連休は遠く先になってしまった上に中間試験が近付き、
いろいろ落ち着いていられない心境を声に出して発散してたりするの?
それとも色気付いてきて半ば本能的な異性へのアピールでもしてるの?
(実はそのあたり男子校だったので個人的にイマイチ実感ないのだが)

20年は風雨に晒されてたであろうトタン板を留めるタッピングネジを
無理矢理インパクトドライバーで回して外しているらしき音が近所に
いきなり喧々と響き渡って目を醒まさせられた、そんな連休明けの朝。
どうやら近所の戸建のリフォームか解体で足場を組むため邪魔なのを
撤去していたらしく程なくして落ち着いたが、直後に中学生の絶叫で。

連休が明けて仕事や学業をしなければならない状況は多くの日本人に
共通なので、その残念な気持ちを押しつけ合っているのかもしれない。

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2014/05/06

居所は作るしかない

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他人に可愛がられない傾向が強い人というのは、周辺の対応からして
「自分が損してる」という僻みに近い感覚を持ってしまいがちなもの。

そこまで至ららなくても、自分で考えたり発見したりしたコトばかり
頼っていると、他人からの忠告を役立てにくいような傾向があったり。

まあこのあたりは、他者とは違う道を辿る故のトレードオフのような
ものであろうから、ある程度は諦めて受容していくしかないのだろう。

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2014/05/05

居られる場所を求め

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「自分で考えたコト」とか「自分で見付けたモノ」ばかり楽しんでる
せいか、他人にも同じような性質があるものという前提で話をしがち、
な気はする。でもそういうのは目上の人から可愛がられないんだよな。

逆の立場で考えてみればそうかもしれない、いろいろ教えてやったり
お膳立てしてやったりしたって見向きもしない、それでは面白くない。
それに、思うようにコントロールできずフラストレーションが溜まる。

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2014/05/04

居心地の良い場所へ

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実家からのドライブでは、いつも走り回っているあたりへ行ってきた。
高速道路はもちろん国道など主要道路は下り線を中心に混雑している
だろうとの読みもあったし、例によって主に県道クラスのルートにて。

平安時代から1300年の歴史を持つという古刹には普段より多くの人が
訪れていたものの、晴れた初夏の連休という好条件ながら落ち着いて
楽しめる程度の人出。麓の土産物屋や饂飩屋も、普段と大差ない混雑。

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2014/05/03

骨まで休めてますか

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さて、カレンダーで赤字になっている日は全く仕事がない今年の連休、
後半は実家と友人宅で1日ずつを過ごし、残る2日間は活字を消化する
つもりでいる。遊びに出る金銭的余裕がないのだけど、積ん読は多い。
全体的に気力の低下した状態が続いていたので読書も捗ってないのだ。

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2014/05/02

他者を受容する心得

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言われた通りにやるコトができぬ性格というのは、何をするにしても
自ら拓いたルートを使おうとしてしまう、そんな損な性分を意味する。
その一つが、他者との接し方。ちょっとコミュニケーションが独特だ。

「常識」の意味するトコロは人それぞれ違ったりするのは知ってるが、
それゆえ他人と話をしていて「この人の『常識』が何処にあるか」を
推し量るように話を進めようとする癖があって、そのせいか他人から
「常識のない人」とか見倣されるのか、微妙に齟齬を来す場合もある。

まるで、特定の宗教に染まった地域を不意に訪れた無宗教の人か何か
のように、怪訝な表情をされた経験は、考えてみれば意外に多かった。

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2014/05/01

自身を受容して供給

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連休に入ったが平日のデイリー作業はカレンダー通りなので自宅作業。
しかし今年は他の仕事の受注がなくって時間を持て余し気味に過ごす。

仕事に関しては常に悩んで考えているつもりではあるが結果には遠い。
個人事業だから自分自身を売り込んでいかないといけないのだけれど。

おそらく記憶に残るような人物であった方が、営業面では都合が良い。
だが近年は失敗もありネガティブな方向で記憶されてしまったようで。

都合の良い結果になった記憶は残りにくく、都合の悪い結果となった
場合には記憶が残りやすい、それゆえどうしても致し方のないトコロ。

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