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2014/05/02

他者を受容する心得

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言われた通りにやるコトができぬ性格というのは、何をするにしても
自ら拓いたルートを使おうとしてしまう、そんな損な性分を意味する。
その一つが、他者との接し方。ちょっとコミュニケーションが独特だ。

「常識」の意味するトコロは人それぞれ違ったりするのは知ってるが、
それゆえ他人と話をしていて「この人の『常識』が何処にあるか」を
推し量るように話を進めようとする癖があって、そのせいか他人から
「常識のない人」とか見倣されるのか、微妙に齟齬を来す場合もある。

まるで、特定の宗教に染まった地域を不意に訪れた無宗教の人か何か
のように、怪訝な表情をされた経験は、考えてみれば意外に多かった。

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しかし(特定宗教の信者には分かりにくいかもしれないが)、無宗教と
言ったっても一括りにはできない、端的に言えばそれが積極的なのか
消極的なのか、という違いがある。個人的には後者の方向性であって、
他人の信仰を否定はしないが他人の信仰に同調する気はない、くらい。

そして積極的/消極的の違いは、信者においても同様に言える区分で、
もちろん「常識」とか「文化」「風習」「マナー」など多様な分野に
同じような区分が考えられ、その多くの分野において消極的無宗教風
スタンスへ向かおうとしているのだけど全てというのは、まだ無理だ。

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