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2014/05/16

夢の中にも行けるか

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しばらく前に課題としてた夢の記録、機会があったので残しておくが、
夢を記述しようとするたびにワークメモリに残る夢の残骸が消されて、
あるいは上書きされたのが混同していったりして不鮮明になっていく。

たとえばこうだ、最後の方で視線の向きを大きく変えたとき目に映る
水路の立体交差、しかしどうみても水が太鼓型の橋を登っていたのだ。
人工的に作られた水路が長い距離をかけて異なる勾配で並行して流れ、
それが最終的に水路橋で交差している映像になるだろうと差し替えた。

夢の中では、そういう映像が検証もなく流れていくが、覚醒していく
過程で様々な関連情報と結びついて自動的に編集されるのかもしれん。
ある意味とても奔放に描き出してくれるので、それはそれで楽しいが。

さてもう少し遡ろう、そもそも最初からずっと道を歩いて小旅行中で、
その地の人々や道行く人々との会話の中には聞き慣れた東京の地名が
幾つも出てきているんだけど明らかに違っていて、どうやら別の世界。

おそらく現代ほど発達する前、だけど近代くらいで、近世から発達を
続けてきた大都市の、未舗装路ばかりの道を昼から夕方、夜にかけて
歩き回って、何故か妙に明るい懐中電灯を皆が持っているような感じ。
(だから夜も不安なく歩き回れる)、ところどころが現代風になってる。

そう、風景そのものは田畑や雑木林なども多く残っているが都市周縁、
建築物は木造平屋か二階建てが中心、ときたまコンクリや石組の低層
ビルがあってそれは大規模小売店舗か公共性の高い建物だったりする、
その割には大掛かりな橋や広い道路(ただし未舗装)もあり、あたかも
現代の大都市のインフラ上に、近世近代くらいの建物が乗ってる様子、
(とはいえ道路の整理など不十分だ。交通量も多くはなかったけれど)

そこを行き交うのは初期の自動車、ところが歩行者は現代に近い装備。
(そういえばクルマは少し運転もしてたけど誰かに借りたのだろうか)
(前に使っていた合成繊維のデイパックなどそのまま出てきていたし)

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ああいかん、過去に実体験として歩いた道の景色も混じってきた気が。
夢をワークメモリから書き出す際にも補正が入ってしまうようである。
自動補正機能は便利なんだけど、今回のような記録目的には合わない。
ノイズに埋もれる前に、ひとまず今回は切り上げて次回の課題とする。

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