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2014.05.13

「実力も運のうち」?

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まあ所詮は専ら経験に学ぶ愚者でしかないというコトなのであろうな。
経験を積み重ねて実感できるようになってから、ようやく歴史に学ぶ。
けどそれでいいというか、仕方ないというか、そんな自分を受容する。

なにしろ体験を通じて具体的に把握できるようになってからでないと
知識として取り入れたのを現実に結びつけて考えるコトができぬ体質、
そこを無理して改めるのも、様々な意味で弊害や損失がありそうだし、
むしろそれより得手な面を伸ばして、また活用の場を求めた方が良い。

たとえば目端が利くだとか小器用(主に身体を動かす方面だが)だとか
集中しつつ複数の対象に注意を向けていられる(逆に気が散りやすい)、
そこそこタフ(小器用ゆえ疲れにくい動き方ができるというのもある)
で辛抱強い(単に引き際が決められないだけの場合も少なくない)とか、
他人のコトを悪く言うのが好きになれない(自分が言われるのが嫌で)
一方で誰かが誰かを悪く言うのはまだ少し耐えられるトコロがあって、
目端が利くのの応用で割と察しが良いコトも手伝って語られていない
ような周辺事情も少し見えるので当事者の話ばかりに引き込まれずに、
それゆえ他人から愚痴を聞くのが大した苦にならないというのもある、
そういったあたりが取り柄なのだと、今までの経験から察してはいる。

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こういった特徴の大半は親から遺伝的に受け継いだか家庭環境の中で
身に付けたりしたものだと思う。また一部は学校生活や社会人生活の
中で身に付けてきたのもあり、周囲との関係に依存する部分は大きい。
しかし一部には、一人で考えながら自分自身の中に培ってきたものも。

そういうコトだ。自分の辿ってきた道筋と今の自分自身とは、不可分。

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