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2014.05.25

それを決めるのは人

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連続的な値を取り得るモノゴトに対し、端の方なら白だとか黒だとか
大概の人間は断言できるが、多くのモノゴトは中間的なトコロにあり、
ヒト集団の中では、これは白だ黒だなどと議論が絶えないものである。

議論をするなとか言う気はない、というか議論が生じて当然だと思う
のだけれども何が何でも結論を出そうとしたり普遍的な線引きが可能
であるかのような振る舞いをする者が多すぎると、いささか煩わしい。

人間どうしたって諦めたくないという感覚があるものだとは理解して
いるけれども他人のソレは迷惑だし下手すると社会の害悪になるので
あまり過剰な場合には排除するのがヒト集団の規律として定着してる。

どこらへんまで行ったら排除されるのか、というのも明確な境界線が
特になくてグレーゾーンだから、その場のその人たちのキモチ次第で
動いているけど、黒と見倣す人が多ければそうなるコトには違いない。

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そういう都度の判断であっても、地域や時代など範囲を限って見れば
ある程度の共通性があってスレッショルドを見極められるかもしれん、
逆に言うと、地域や時代などに応じて変化するというコトなのだろう。

個人的な諦めとか達観といったの(敢えて一緒くたに語る)の閾値にも、
古今東西共通した人類として普遍の基準のようなのがあるワケでなく、
その時代とか社会環境に応じた範囲が妥当なのではないかと思うのだ。

長く伝えられている宗教などでは、そのあたりの線が教典で固定され、
ただ解釈によって変えるしかないワケだが、このくらいの速度で変更
していくのが前近代の社会のペースに見合っていたのかな、とか思う。

時代が目まぐるしく変わる今だからこそ、そこに気付きやすいのかも。

ああそういえば、ほぼ完全に固定された状態の教典みたいのがあって、
その解釈で揉めてる状況が今どっかの国にあったような気がするけど、
ここの部分は切り分けた方が何となく良さそうなので、機会を改めて。

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