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2014.05.19

記録は固定する行為

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そんな情報の固定化作用も、近現代に顕著な傾向として挙げられよう。
昔からなかったワケではない、文字を情報記録に用いるようになった
時点で可能となったコトだが、扱える情報の量や範囲は大きく拡大し、
そこで固定化される情報の枠も社会全体に及ぶようになったものかと。

民謡とかフォルクローレを採譜して西洋の音階で記し歌詞を整理する、
そういう作業が、ある時点で行われ、それによって変化し続けていた
はずのものが固定化する上に、民族の伝統として教育に取り入れられ
全国的に広まることで地域的な差異も失われてしまう、と考えられる。

そして口伝えに受け継がれ広まっていく間に受けていたはずの改変も
受け付けなくなる。誰もが、記録された内容に立ち戻ってしまうから。
生物標本における「固定」とは標本内の化学反応すなわち生命活動を
停止させるコトでもある。伝承の固定も、おそらく同様の行為なのだ。

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記録の固定により後々の検証に役立てられるようになり、迷信だとか
妙な常識めいたのを改めるための材料に使うコトもできるようになる。
その一方で、固定化された記録は何らか(聖俗いずれも)の権威に結び
つけられて権威拡大に役立てられる、そんなケースも往々にしてある。

古くは宗教の聖典の類、また国家維持のための伝説や公的記録の類に、
そういった役割が利用されていたコトは、まあ考えれば自然の道理か。
ヒト生体内にも、ヒト集団内そして社会の中にも、様々な摂理があり、
しばしばヒトは深く意識するでもなく、それらを利用していたりする。

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