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2014/06/19

ああ言う交友の範囲

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意図や目的などが明確化されぬまま放り投げられた言葉は扱いに困る。
そんなときは言葉一つひとつ見るのでなく、もっと引いて全体を見る
ような視点で、また時系列の変化も観察して、要は態度を見るといい。

たいがい、態度の方が無自覚な部分も含め本人の意志に近いのを示す。

まあ一般的にみて言葉の方が意識によるコントロールを受ける度合が
大きいっていうだけのハナシなんだけど、もちろん自覚してるか否か
ともかく多くの人は相手のそういうトコロを見て真意を知ろうとする。

もちろん逆に態度をコントロールするコトで相手を騙す手法はあって、
そういう効果を利用して観客の印象を操作したりするのは演技と呼ぶ。
これまた対人関係の中で自覚的無自覚的に使われたりする場合がある。

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でもときたま、極めて明確な態度を見せてさえ読み取れない人もいる。

原因は何処にあるのか。そいつが読み取る能力を持たないだけなのか、
一時的に能力が低下しているのか、単に態度を認識できていないのか、
はたまた反語をストレートに解釈するような誤読をしてしまったのか、
いろいろ考えられるんだけど、ヒトは原因に悪意を求めてしまいがち。

態度を読み取る能力の欠如だとか、またそれを見て悪意を見出そうと
してしまう傾向には、きっとかなりの共通した部分があるのだと思う。
その基本にはヒトが生まれ持った性質があり、さらに人的交流の偏り
または不足があって、その性質の矯正が足りていないのではないかと。

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