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2014/06/29

支える手の届く範囲

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考えを整理しながら語ったり書いたりするのは、半ば無意識無自覚に
行っているのを筋道立てて明確化するのに、大いに役立つものである。

そういう理屈っぽい面は、あの人もまた持ち合わせており、冷静さを
失うようなコトがなければ、会話の中で自らの心境を自覚していける。

だから数年前に比べれば徐々に改善してきている今の状況というのは、
支援の成果というより、本人が自ら達成したと考えるのが適切だろう。

何か役立っているとしたら、そういう場面で感情に引き摺られるコト
なく落ち着いて考えていけるよう声を掛けてるとか、そのくらいかな。

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こちらの働きかけでなく、相手の行動こそ重要という局面においては、
「結果を信じて待つ」姿勢がどれほど重要か、見事な反面教師がいる。

その最たる例は元上司で今もたまに発注してくる人物。正直なトコロ
非常に苦手な相手で、彼の考え方や行動について脳が理解を拒否する
ほどだから誤解も相当あろうが、彼から感じられるのは不信感ばかり。

たとえば納期が遅れないか心配になって電話してくるのは普通のコト、
しかしそこで何故か、最初に伝えてきた納期より前倒せと言ってくる。
「納期を守れないヤツだから前倒しておけば早く終わるかも」とでも
思っているのだろう。その考え方の裏にありそうな不信感に、傷つく。

信用されていないんだなと感じると負の感情が一斉に押し寄せてきて、
せっかくペースが安定してきた作業に対するモチベーションも低下し、
感情を宥め気を落ち着かせ作業に集中できるようになるまでに余計な
時間を費やしてしまうし、もちろん内容も雑になってしまう、それで
また彼は「遅い上に品質も」と評価を下すだろう、どうみても悪循環。

だから自分は他者に対し彼と同じようなコトをせぬよう必死で考える。

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