将来に不吉な自信雲
承認欲求を満たしたい、自尊心をくすぐってもらいたい、そういった
目的には、ソーシャル()方面で同好の士を募るというのは一つの手だ。
たとえば、不安不吉不穏な予測を口にするコトで、もし当たったとき
「ほらみたことか」と自慢する方に賭けているような人っているよね。
ある人は、いつも「地震雲が」とか呟いてて、よく飽きないなと思う。
一見したところ成就せぬ方が好ましいようにも思われるが、たいがい
自分に何かメリットがあるからソレを好んでするのがヒトというもの。
おそらくは本人も不安がちな人生を送っていて、当たったら困るけど、
当たらなかったときに予感を外した残念さを補ってくれるような賭け。
もちろん、そんなのは自尊心を賭けたギャンブルでしかないのだけど。
そして外れた分の自“損”心を顧みようとしない姿勢が、即ち自己の
安売りに繋がってると知るべし。都合良い結果だけ刈り取るなど無理。
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まあしかし、宝クジの大当たりを期待するなら大した害はないだろう、
「前回ちょっと返ってきたし次こそは大当たりするはず」くらいなら。
その根拠もない皮算用に縋って懐具合不相応に浪費したりしなければ。
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