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2014.07.07

このクニのカタチ・モノガタリ好きも大概に

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そうでなくてもモノガタリというのは何故か妙に民草に売れるようで、
新聞雑誌TVネットどれを見ても、たとえば犯罪報道と称していながら
実は加害者や被害者についてのモノガタリだった、なんて記事だらけ。
さすがにもはや羊頭狗肉の水準であろうと、個人的には考えているが。

常にそんな調子で、それこそ科学から政治から書き流されるのが困る。
いや実際に経済活動だとか思想動向などには民衆の意識といったのが
深く関わっているワケで、そこにモノガタリというのが絶大な影響力
を持つから売れる、だから媒体を司る営利企業も自然とそうなるのだ。

でもまあしかし売れない書き手は儲からないどころか貧乏どん底生活、
そこから脱するため止むなく自らの意に沿わぬ内容にも手を出したり、
あるいは全く異なる仕事へ転出してしまったり、というのもよくある。
コンテンツの作り手も経済原理の渦中にいる以上そこは避けられない。

そういえばライオンヘアー首相のときにも最初から支持できなかった
のだけどアレはモノガタリを使ったというより、キャッチフレーズを
多用して衆愚を釣ってる印象が強いのが好きになれなかったのだった。
売る為の文章や図画を用いる企業の広告と同様に好かぬというだけか。

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モノガタリを強調しない、観測された素のままの事実やそれに基づく
考察ばかりを書いていても、まあ多くの読者が喜んで飛びつくはずは
ないので、それはモノガタリの蔓延に対抗する手段に使うのは難しい。

現状が気に入らないのなら対策を考える、正面から立ち向かって無理
そうなら搦手から攻める、あるいは次元を上げて解決を図ったりする。
ではどうするか、一つの手が、モノガタリをネタにしてしまうメタ化。

まあ昨日今日のエントリで書いたコトも、そういった手法と言えるか。
民衆や大衆媒体、営利企業のみならず政府までもがモノガタリに傾倒
するに至る事情をモノガタリとして捉え、ざっと流れを説明してきた。

その状況が望ましいとは思えない、との筆者の考えも端々に滲ませた。
だから昨日今日の記事を読んで筆者に同調した人もまたモノガタリの
影響を受けた読者である可能性が否定できない。よくよく考えるべし。

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