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2014/07/17

いいえ私は小型です

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そういえば先日ソーシャル方面で、こんな問い掛けがあったのだった。

「マジョリティを自任する人の精神構造を理解する方法を教えてほしい」
「マイノリティを自任するほうは、まぁ分かるんだけども」

しばらく前の発言だったのだけど遅蒔きながら自分なりに考えてみる。

おそらく過去に様々な要素があってそうなってきたのだとは思うのだ。
たとえばもともと皆が集まってやっている場に参加するのを好む性質
などがあって、「自分がいるトコロには常に皆がいる」という感覚と
してフィードバックされ学習し、そのまんま進んできたのではないか。

半ば無自覚ながら自発的な選択が招いた結果で当初からの性質が強化
されていくのは、きっと人生の前半に於いて「よくあるコト」だろう。

マイノリティ側については、他人との接触を面倒がる性質があったり
人の多くないトコロを好む傾向があったり、それから場合によっては
自らの考え方を大勢から否定されるような経験を経ていたりするかと。
そして同好の士と出会い迫害体験を共有しているコトに気付いていく。

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(対人関係の姿勢を示す用語としての)体育会系と、そうでない者たち
の分断なんかも、こういったメカニズムで説明できるような気がする。
「あのノリでないと人と付き合えない」または「あのノリが合わない」
といった面は、あらゆるコミュニケーションの場で表面化するものだ。

自分にとって嬉しくもない案件の発注量が増えるコトになったときに、
例の元上司は「仕事が増えて良かったじゃないか」などと言ってきた。

中間業者である元上司にとっては、ほとんど何もせずカネが入る案件。
むしろ自分が営業して取ってきた、という意味で思い入れだけが強い。
「俺が嬉しいんだからお前も嬉しいよな」という、正論を装いつつも
単なる個人的な感情を押しつけてくるように感じられ白けてしまった。

でも発注量が増えたのはアンタのおかげではなく先方都合に過ぎない。
(実は先に先方から打診を受けて渋々ながら対応可能と返答していた)

たぶんそういうトコロも、マイノリティ側の一部にはある、気がする。

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