« 佐渡の宿にて一泊目 | トップページ | ときは再び動き出す »

2014/11/09

谷間ひとつ分の歴史

20141109_epsn8811_1s


土曜日はレンタカーを終日借りてドライブする日で、事前には紅葉の
金北山を走るつもりでいたのだけど、宿から遠くない宿根木の集落に
興味をそそられ訪れてみたら楽しくなり午前一杯くらい散策していた。

佐渡には過去に何度も訪れていて毎回少しずつ違う場所を巡ってるが、
この島の中にも地域性があり、それぞれの地域ごとに雰囲気が大きく
異なっていて、今回は海に面する狭い谷間に発達した中近世の港町だ。

かつての川は狭い水路のようにされ、密集する住宅の間には細い路地。
近年では景観保存のため外観の統一が図られており、かつての船材を
流用した伝統的な木造住宅の姿のまま、修復されながら使われている。

--
集落の上の廃校を活用した民俗資料館には復元された北前船があった。
海には出ない船だが、残されていた図面を元に作られた本物だという。

このあたりは隆起海岸で深い入り江があり手頃な停泊地となり日本海
交易網の拠点の一つとして、また金山からの積出港として、それから
船大工が集まっていたので造船・修理などの業務もあって、江戸時代
には佐渡全体の3分の1もの富が集積したとされるほど栄えていたとか。

しかし江戸後期には地震で海岸が隆起して北前船が入港できなくなり、
加えて明治以降の動力船時代には取り残されて、近代以前の雰囲気を
色濃く残したまま、ただただ静かに離島の古い集落として存り続けた。

そういう古さに、むしろ旅行者が興味を惹かれるようになってきた今、
観光資源として景観維持の努力が図られ、客を招くようになったのだ。

こうした経緯は、実家のある川越も似ていて、ちょっと親近感がある。

|

« 佐渡の宿にて一泊目 | トップページ | ときは再び動き出す »