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2014/12/09

そこは穴なのか否か

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このところ急に、友人などと喋る機会が増えた。これまで貧乏だった
から人付き合いも減らさざるを得なかったワケで、その反動といえば
そうなのだけど、ちょっとばかり変化を急にしすぎたかもしれないな。

なにしろ先月あたりから仕事もプライベートも忙しくて、特に直近の
1~2週間くらいは自宅で終日過ごす日がほとんどなく、たまに自宅で
過ごせる夜も仕事で半徹して炬燵で仮眠、布団で寝る日も数えるほど。

まあしかし、ひとまず一連の用事も多くが片付いて、今週の後半には
自宅に腰を据えて(あるいは喫茶店などに出て)残る作業に専念できる
ような気がしてきた。まあまた遠からず次の予定が入るとは思うけど。

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さて前置きが長くなった。いろいろな友人や知人と久々に話し込むと、
まだまだ自分のコトについて相手が知らない部分も多いし、また逆に
相手のコトについて自分が知らない部分も多いのだと、改めて気付く。

知ったつもりでも誤解や理解不足の部分があるし、次に会ったときに
状況が変わっているようなコトもあるワケで、常になくなりはしない。
だから、問われて語る、問うて語ってもらう。それが欠かせないのだ。

また特に問われる側となった場合、自分にとっても意外な発見がある。
質問を受けて考えるまで明確に意識していなかったコトなどもあるし、
曖昧なままにしていたキモチに気付かされるようなコトも少なくない。

孤独は孤独で、自分を見つめ直す機会として役立てるコトができるが、
自分だけの視点でなく他者からの観点というのも、やはり大切なもの。
そういうのがあるから、お喋りだって、実に重要な時間なのだと思う。

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