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2014.12.10

枝葉は繋がっていた

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考え方そのものというのは、教えるのが非常に難しいものだ。まして
学校教育というか管理教育では、ついつい点数の方にばかり注目して
しまうから(というよりは数字や書類にならない情報が見落とされる)、
「考え方を身に付けさせる」との目標を掲げたって有名無実に終わる。

学校では、教える側も教わる側も、そして保護者という連中まで含め、
ついつい成績だとか秩序のような目に見える面で管理してしまうもの。
まして学校は文科省という官僚組織によって数字と書類で管理される。
目に見えぬ部分、あるいは曖昧な部分を排除するのが、役所の仕事だ。

だから、「考える力」みたいなのが得られたかどうかは、そういった
組織の手に余るコトであり、教員一人ひとりの資質や能力、それから
生徒と接する時間などが頼りになるはずなのだけど、近年の学校では
特に時間が全く足りない、教育以外の雑務が多すぎて無理という有様。

そんなハナシを、教師をしてる友人と日曜にドライブしながら話して、
さらに火曜の夜にもチャットで延長戦して、その後は一人で考えてた。

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実際、考えるのは楽しい、いや、今まで意識してなかったコトに自ら
気付くというのが楽しい。学問とは、そんな楽しさもあるはずなのだ。
学校で教えられるのは、期間の上でも知識量の上でも極めて限られる。
けど考えたり発見する楽しさは、その後の自発的な知識欲の源になる。

知識欲という言葉には、細分すると複数の異なる意味がある気がする。
どこかに置かれている情報パッケージを取得して保管するだけでなく、
得られた情報を分解したり分析して、それぞれの要素を既存の知識と
比較して相似点や相違点を見出したり、また結合させて新たな発見を
得るようなトコロまで消化したい、そんな欲求も、ある種の知識欲だ。

友人の担当する理科でみても、物理と化学、化学と生物、生物と地学、
各分野には密接な関連がある。さらに言えば人間社会というのは地球
環境そのものの制約、物理学的な制約などにより厳密に縛られている。
地理や経済は特に、天然資源や流通などといった要因に影響を受ける。
当然ながら政治や歴史にも影を落とし、言語や文化にも繋がってくる。
どの科目も、実は複雑に絡まり合う知識体系の枝葉に過ぎないのだな。

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