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2015/05/21

たまには時事ネタ(102) らいふいずまねー

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貧困は生命のリスクも増大させると簡易宿泊所の火事が改めて教える。
客が安く寝泊まりできるようにするには設備にもカネを掛けられない
ので安全設備も最低限、法令違反も止むなく行われたりするのだろう。

健康維持だってそうだ、日頃の食生活は偏らざるを得ないし、外出の
機会も減り心身とも不健康になっていく、けど調子が悪くなったって
医療機関の受診も躊躇する、そもそも健康保険も払えなくなっていて
生活保護対象になれないギリギリの水準の人こそ、負担が最大となる。

より上層の生活をする者たちに近い水準の安全や健康を求めるならば
カネの代わりに時間を支払う以外にないのだ、しかも割高なレートで。
レートが割高になってしまうのも経済的に見れば致し方ない面はある、
社会に提供されるサービスの主要なものは最もボリュームの多い層を
対象とするもので、そのターゲットから外れた層にはフィットしない。

そうして時間を支払っていけば当然、人生の残り時間も減ってしまう、
何もできぬまま終わってしまうのではないか、との不安ばかりが募る。

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「つらいばかりで将来に希望も持てぬ困窮生活が一生続くくらいなら、
むしろ早く終わらせた方が幸せだ」みたいな言葉が、当事者も含めた
社会の様々な階層から聞こえたりするコトもあるけど、まあ要するに
それって社会構造の改善を期待せぬ一種の諦めというか逃避なのかも。

とはいえ最下層が諦めてくれるから、それよりちょっと上の層は足を
引っ張り合わずに済み、頑張っていく余地が生まれるのかもしれない。
国レベルで見れば、もっと厳しい社会は幾らでもあるワケだが、そう
いうトコロでは食うに困っての犯罪も日常茶飯、人心さえ乱れていく。

「こんな層でも社会が許容する最低限の安全と治安が維持されている」
という安心感が、まだ日本にはある。他の社会階層の人たちはそこに
もっと感謝すべきだろうし、そういう状況の維持(あわよくば改善)に
ついても、もう少し関心を抱いて考えを巡らせた方が良いように思う。

まあ実際、自分自身そういう境遇に陥る可能性も充分に考えられる今、
ちょっと他人事には思えなかった、というだけのハナシなのだけれど。
幸か不幸か現状ではソコまでには至っていないので、まず自分自身が
「普通」へと脱出する道筋をつけるのを優先させてもらうコトにする。

もっと余裕のある富裕層の連中こそ貧困問題に向き合うのが望ましい、
時間をカネで買うなどして考える余裕を作れる立場でもあるからこそ、
ひいては彼ら自身が下の階層から怨嗟の対象となり首を取られる前に、
という気がしたけど要するにそれって、「ノブレスオブリージュ」か。

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