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2015.05.27

実見する必要もある

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で時間潰しにネットで地図や空撮を眺めていたら、実家から遠くない
水田地帯で興味深い“模様”を発見した。曲がりくねった水田と集落、
その配置は、どうみても旧河川とそれを囲む自然堤防そのものの姿だ。

少し調べたら江戸時代の初期に河川付け替えを行った経緯があるとか。

きわめて起伏に乏しい沖積平野を流れる川は自然に任せれば迷走して
蛇行、大雨などのたびに暴れては自然堤防を残して流路を変えていく。
そんな川の一つが荒川。名の通り、関東平野でも屈指の暴れ川だった。

荒川の支流もまた同様に蛇行したり暴れたりしており、そこかしこに
古い流路を残していたのを繋ぎ合わせるようにして人間が手を加えて
途中から荒川へ短絡する水路を開通させ、そこから下流を水田とした。

河川敷だった領域は水を得やすく、堆積した泥のおかげで良田となる。
自然堤防の裾に沿った用水路と、川だったところを利用した排水路を
整えてやれば、ごくわずかな勾配をそのままに水を操るコトができる。

そして帯状の微高地となっている自然堤防には、住居と畑と雑木林と、
それから集落ごとの寺院や神社などが集中し、人が暮らす場所となる。
もし荒川が暴れたとしても被害を小さくできるように、というワケだ。

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まあ仮説に過ぎないのだけど、補強する材料を求めて現地をドライブ。

なにしろ自然堤防といっても1mあるかないかの高低差だ、ストリート
ビューで見てもイマイチ実感できない。実際に視線と体内ジャイロが
同期している状態で現場を見ないことには、確認もできないのだろう。
(あと水路の流れの方向までは分からないので、これも実見しないと)

で走ってみると、まあ概ね地図や空撮で予想していた通りではあった。

しかし流路を辿るのは、思っていたよりも難しかった。近代化以降か、
あるいは幕末くらいに開発された土地では道路も割と流路に沿った形
だったりするコトが多いのだけど、今回のは違う。集落と集落を結ぶ
道路は蛇行する自然堤防に直交したり斜めだったり曲がりくねったり。

結局、途中からあまり上手く辿るコトができなくなってしまっていた。

最後に辿り着いたのは堤防(人工的な方)の外側の溜池。明治期の地図
では「草」「茅」などとあり排水に難のある湿地帯だったらしいので
流路を変える起点となった場所ではないかと考えたのだが、ところが
そこへ想像とは逆方向に流れ込んでいる水路を発見、疑わしくなった。

太陽光発電設備まで浮くほどの完全に人工的な貯水池では、分からぬ。

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