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2015.06.22

このクニのカタチ・苦心した世代の崩落

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ついでに小さなムラの中のハナシを。小さめの集団、特にダンバー数
くらいまでの人数だとヒトというより類人猿の群れみたいな雰囲気に
なってくるケースが結構あって、そういう構造が社会の大きな枠組の
中で次々に人材の供給を受ける位置に出来上がると、独特のルールが
代々受け継がれ、さらには構造外へ出て行った人を通じて社会全体に
も広く影響をもたらしたりする。たとえば学校とか旧軍とか会社とか。

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大概そういう集団ってのは、集団内で立場の弱い者に対し様々な負担
を押しつけるもので、とりわけ末端というか新参者若輩者に集中する。
「先輩になれば楽ができる、今までやらされてたのをやらせる立場に」
という一心で不遇を乗り越えて先輩になったら、当然ながら踏襲する。

そういう流れが、しかし時代の変わり目になると断ち切られてしまう。
たとえば先の大戦中の軍をみてみると、南方へ送られたものの増援や
交代要員が来ないまま置き去りにされた兵士たちの中で最も若かった
者たちは、部隊内の最下層ヒエラルキーのまま過ごす羽目になったと。
この「万年下っ端」が後の時代も不遇感を抱えたまま語り続けていき、
ある意味で社会が過去を切り捨てるための口実としても使われていく。

バブル末期に社会人となった人たちってのも同じように後続が入って
こない万年下っ端となったが、上に立つとかリーダーシップといった
意識を持たずに済んだことから、ある意味そこに甘えている感もある。
今後いろいろ影響するかもしれんが、まあ先の例ほど大きくあるまい。

他の国家に比べると近現代日本社会は生年1~2年の違いが大きいのか、
ほとんど生まれた年度で区切られたまま教育を受けて社会へ出るので、
他にも変化の程度こそ違うが雰囲気の変わるギャップが存在している。

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