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2015.07.17

たまには時事ネタ(107) 半可通による中間評価(前編)判官贔屓したくてもできない

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「ありとあらゆる手段を全て使って反対の意を表明する」ような作戦、
それは果たして望まぬ法案に臨んだときの最善の手法であるかどうか。

「民主主義とは多数決のことではない」との主張も数多く目にするが、
とはいえ真っ向対立で落とし処さえ作れないならば多数決も止むなし、
というのが議会の仕組みになっているのも事実、それもルールの一つ。
当然ながら絶対反対シュプレヒコールばかりでは受け流されるばかり。

相手は相手で何らかの切迫感があるからこそ数に頼って強行してでも
議決を目指しているのだから、否決以外の選択肢を拒否する姿勢では
オールオアナッシング、負ければ賭け金が全て失われかねないものだ。

いやまあ否決以外の選択肢を許さぬ支持者には顔向けできるかもだが、
それ以外の人たち、たとえば無難な落とし処を期待する人々にとって
みれば「やっぱり支持できない」と思われてしまうのではないかなあ。
きっと与野党どちらも支持できぬ政治不信な人々が増えるだけだろう。

投票率ばかりが低下し続ける中で与野党比率が大きく変わらないまま、
同様に激しく抵抗しては玉砕を繰り返すばかりなら非常に残念である。

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少数派は最初から劣勢なのだ、そこは選挙で勝たないと挽回できない。
その主張が全面的に受け入れられる可能性は、残念ながら極めて低い。

もし仮に、大筋では多数派の求める方向性を甘受しつつも、その制限
となる条件を強めるなどといった部分的な修正を求めて協議していく
ような作戦、いわば「名を捨てて実を取る」的な方向を目指したなら、
どうなっていただろう。むしろその方が効果的ではなかっただろうか。

敢えて言っとくが、優位な相手に抗し「やれるだけやりました、でも
負けました」とは、帝国を名乗ってた4分の3世紀ほど前にやらかして
多大な犠牲を伴った、まさにあの戦争と相似形の構図に見えるのだな。

まああのときは、何とか引き際を作って有利な条件で講和に持ち込む
方針もあったのに、当初の見通しが甘かったり予想が悪い方へ外れた
などした挙句、どんどん賭け金が積み上がって容易には降りられない
状況となり、引くに引けなくなって破綻へ、というのが実態らしいが。

一応まだ現在進行形だし、幸か不幸か“60日以上”の会期も残ってる。
今後どのように作戦を展開するか、引き続き注視していくコトにする。

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