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2015.07.31

察すれども触れずに

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人間が思考プロセスの似た者に同調したり好き嫌いの傾向により好悪
を持つといったのは、その前提として相手の思考プロセスや好き嫌い
の傾向を何となく察する能力があるからこそ、そうなるワケであって。

察した内容に基づいて如何なる判断を下して、どのように行動するか、
といった面の方が察するコトそのものより重要なのではないかと思う。

無意識に察した結果が無自覚に行動として出てしまうものだからして。

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この「無意識に察して無自覚に行動として出ている部分」というのは、
知性が全く関与しない、群れを作る動物としての本能に根差したもの
であるらしく、少なからず当の本人まるで気付いていなかったりする。

だが相手も同じく察する能力があるのだ、その行動から察した相手が、
察した内容に沿って行動するのも、また極めて自然な成り行きである。

そういうのが積み重なって「何だか相性悪い」関係になるのだと思う。

とはいえヒトは知性も備えた生物、多少は本能をオーバーライドして
無自覚無意識な分野にも知性に基づく行動原則を展開することも可能。
というか、そうしていかないと本能の赴くまま啀み合う結果となろう。

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