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2015/08/18

隣同士だけど異世界

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好き嫌いはあまり多くない、というか「嫌い」が多くないのだと思う。
まあ「苦手」は少なくないけど、よくよく考えていくと、この「苦手」
イコール「嫌い」というワケでは決してなく、分けて考えるのが妥当。

嫌いでなく単なる苦手なら工夫や努力を重ねて克服していける(はず)。
苦手でなく単なる嫌いなだけなら、嫌わず済む理由を見付けるといい。

たとえば、今やってる仕事が好きか嫌いかと聞かれれば嫌いではない、
けど苦手だと感じる局面が仕事を進める中で少なからずあるのも事実。
そしてそれらは少しずつだが解消できるよう工夫と努力を続けている。

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好悪感情は考察に余計な方向付けを与えてしまう点が「嫌い」である。
特に安易な正義感と結びついてしまうと手に負えず「苦手」でもある。
それが影響して表面的な対策に終始してしまうケースも少なくないし、
問題の抜本的解決からも遠ざかってしまう。社会にとって弊害だらけ。

嫌いなので折に触れ攻撃しているが苦手でもあるので効果は上がらず。

先日も、ソーシャル()方面でいつも偉そうに発言してる何処かの先生
だか何だかが、航空機事故調査に関する本を読んで犯人捜し的な姿勢
が原因究明を妨げていると初めて知った、みたいなコトを言っていて
激しく呆れ返った。せめて今後の態度に学んだ成果を反映してくれよ。

まあ「嫌い」が少ない人間でないと調査究明には適さないけど、例の
先生だか何だかの日頃の発言からみると真逆っぽいので、難しいかな。
そういうのにも隣人みたいな感じで出会ってしまうのがソーシャル()。
好きか嫌いかといえばどっちでもない、けどたまに苦手な感じはある。

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