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2015.09.27

満足できる頃合とは

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たとえば宝くじか何かで大金が転がり込んできたとして、即座に満足
するかというと、そうとは思えない。カネなんて単なる指標に過ぎぬ。
指標が通用する社会における、今後の体験の可能性の量を示すだけの。

満足するとしたら、そのカネを使って旅行に出たり欲しかったモノを
買うなどした上で、それらを通じて、カネがなくては到底無理だった
ような新しい体験を満喫して、思い切り楽しんででからではないかな。

そういう可能性を欲する心理は、表層的には「カネが欲しい」という
言葉に置き換えられて表出してきがちだけど、よくよく欲求を深掘り
していくと「カネはあるけどそれを使えないような状況」などは敬遠
されることから根本的な欲求がそこにないのだというのが見えるはず。

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商品企画やマーケティングといった方面でも、顧客の言葉そのものに
そのまま従ってしまうと迷走しかねないとは、よく言われるコトだが、
たぶん政治にも、そういう原則のようなのが同じくあるように感じる。
有権者というか支持者の声そのままに動いていけば党は迷走するだけ。

企業にしても政党にしても様々な声を聞く機会があるはずなのだから、
そういった意見のさらに根底に何があるのかを深掘りして探ってって、
「顧客が本当に必要だったもの(←画像検索推奨)」を打ち出していく
ようなカタチでやっていかないと、短期的にはともかく中長期的には
基盤を失っていき、さらに顧客や有権者にも不幸をもたらしてしまう。

まあ顧客や有権者も、「言った通りやってくれなきゃヤダヤダ」的な
反応をしがちだったりするので、そういった面を何らかの手段で啓蒙
してやらないといけないのかな、みたいに思ったりしてる昨今である。

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