« いや休まないと危険 | トップページ | まだ逸らせきれない »

2015.10.27

ソレは逸れとしても

20151027_iimg_0357s


ああいかん、また仕事の話題に戻ってしまった。どうも一人で考えて
いるとロクなコトにならない。ときたま「他人に頼るべからず」的な
思想信条を強く持つ人がいて、何を血迷ったか他人にまで押しつける
場合があり辟易するが、他人に信条を押しつける行為も頼るのと同じ
相手の反応を期待する性質の行動、まず自らの姿勢を修正してほしい。

もちろん安易な頼りすぎは良くないが、それだけの理由で全否定する
ような考えに陥ってしまう自らの思考プロセスこそが安易ではないか。
まさか修正できない自分自身の欠点から目を逸らすための押しつけか?

--
えーと、ハナシが逸れた。今は自分こそ自身と向き合おうという場面。
こういう状態の友達を相手に喋っていて「気が楽になった」との評価
を受けるコトが少なからずあるけど、では自分は何を提供してるのか。

意識しているのは、単なる「雑談」。たぶん傍から見ても雑談だろう。
ただし個人的には、話題を広げるというか、どんどん異なった話題へ
と展開していくコトが得意だと認識してるし周囲からの評価も同様だ。

囚われている対象から意識を逸らせ、と言ったって無駄なワケだけど、
だけど喋りながら考えながら、次から次へと違うコトに繋げていけば、
自然に意識は逸れていく、つまりそういう作用で気楽になるのだろう。

では自分自身に対しソレを使えばいいじゃないか、との声が聞こえて
きそうだが、残念ながら未だ試行錯誤の途上で常に有効とは言えない。
ひょっとしたら原理的に不可能だったりするのかもしれないが、まだ
それすら見極めができていないのだから、まだまだ先は長いのだろう。

何かの意識に囚われて困っている友達との雑談を大事にしているのは、
自分自身を自動的に救済できるくらいまでになりたいというのもある。

|

« いや休まないと危険 | トップページ | まだ逸らせきれない »