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2015/11/28

眠いの眠いの㌧でけ

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息子たちのしているコトをあまり知ろうとしないというか、成長する
につれ理解できなくなっていったとは思うのだが、いずれにせよ息子
たちの活動にほとんど口出しせずにいた母が、気を配ってくれていた
唯一とも言える点が、健康に関してのコトだったなと今になって思う。

といっても何を食え何をするなといった細かな部分にまでは口出しを
しないで、基本的には食事や睡眠や衛生面の状態を見てるだけだった。
それで調子が悪そうな様子があれば、ちょっと声を掛ける、それだけ。

まあ実のトコロ「できる範囲で面倒を見ていた」だけかもしれないな、
男子3人だけでなく家族7人、加えて親戚が来るコトも多く10人以上の
家庭を支えていたのだから、一人ひとりに細かな面倒を見てられまい。
リソースが限られる中で、優先順位の高いポイントに絞ったとも思う。

完璧にコントロールするのは無理だから本当に重要な点のみ注力する、
そういう割り切ったような姿勢も、大人になって次第に気付いてきた。

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そんな感じの母だったので息子たちも各自それぞれのスタイルで自分
自身を管理していくようになったのだと思う。まあ三者三様の兄弟で
仕事も生活サイクルも違うから画一的な管理でなくて正解ではあった。

で、前フリが長くなったが本題。祝日だった月曜以降どうも朝寝坊が
過ぎる。どうも睡眠サイクルが少し遅い時間帯にズレてしまった様子。
こういうときは(朝イチのアポイントでもあれば別だけど)無理に修正
するのが難しいので、むしろ逆に遅れさせて一周して戻したりしてる。

他人に教わった遣り方が合わないときには自分なりの手法を工夫する
というか、むしろ自分で工夫する機会ならそれなりに数多く得てきた。
そして多少の時間的ロスはあるけど、あまり無理せず自然にやる工夫。

何かが健康に良くないからといって無条件に止めれば良いワケもなく、
それだけのために別のトコロで無理すれば却って良くないコトもある。

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