半生紀

2014.03.24

半生紀(40) その自分と周囲の関係

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末っ子として育っていながら、その末っ子の一般的な傾向とは違って
あまり年上に懐かない性質があるのではないかと思い当たる節はある。

友達は同年代か年下が多数、年上の友達も年齢を気にしない人ばかり。

そういえば大学3~4年の頃に参加してた学外の研究会のような団体は、
学部生よりも大学院生の方が目立つ集まりで、珍しく最年少であった。
その団体では旧帝大の博士課程真っ最中という人も少なくなかったし、
別の大学を卒業してから医学部に入って学んでいる、なんて人もいて
年齢の幅は10歳くらいはあったと思うのだけど違和感なく混じってた。
(浪人もしていないから同学年の学部生の中でも最年少だったりする)

このグループの面白いトコロは学際的な集まりだった点にあるだろう。
扱っていたテーマが生命倫理だったもんだから理系も文系も混在して、
参加者の専攻分野も哲学宗教倫理法学医学看護生物その他何でもアリ、
おそらくそれが良かった。同じ専攻の人たちが集まれば一つの軸での
知識や経験の差による上下関係のようなのが自然にできてしまうから。

皆の知識がバラバラだと、それぞれの知識を出し合う形で話が進むし、
それぞれのスキルを持ち寄る形で研究を進めて発表に臨むなどできた。

当時、他の学生・院生より得意だったのは、PC作業や朗読だったかな。
だからデータ整理から発表スライド作成や発表原稿の読み上げをした。
発表会直前の読み合わせで時間が足りないからと速めに読んだりして、
「速すぎない?」「大丈夫、本番では時間に合わせて喋るから」とか、
そんな会話をしていたのを覚えている。そういう自信はあったのだな。

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2014.03.23

半生紀(39) じゃあ自分の変化は?

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中高年に差し掛かると時代への適応が次第に大きな課題となってくる。

若い頃に初期のパソコンで遊び、その後の発展に伴って次々と新しい
技術が出てきては入れ替わっていく様子をユーザーとして経験し続け、
また関連する業界にも浅からぬ縁があり内情を知るコトも容易だった
おかげで当面まだ暫くはキャッチアップできそうだ、とは思うけれど。

それから、ITというのは発展途上の技術で時代のサイクルが短いから、
10年20年も眺めていれば何周期かの経験が得られる、という点もある。

花の咲くタイミングも読める一年のサイクルほど明瞭ではないにせよ、
「今ここで出てきたのは、こういう流れを辿って、こう広まっていく」
といった予測も、過去の経験から何となく見えてくるような気がする。

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2013.10.11

半生紀(38.5) 行けるトコロまでは行こうとしていた

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考えてみれば高卒で働いていた可能性もあり、それはそれで
職人みたいになって人生に満足してたと思う。けどなかった。

今の日本の社会では社会に出てから大学へというのが難しい、
できれば行っときたいから行けるウチに、と考えて進学した。
もし可能性があるなら研究職になれたら楽しそうだな、とも。

ただ親との約束で、浪人だけは避けるコトになっていたから、
できるだけ多くの受験をして、引っ掛かればよし、と決めた。

当然、一つも合格できなかったら就職、というコトであった。
けど、塾や予備校に行かなかったどころか受験勉強もロクに
しなかった(参考書一冊だけ)くせに、妙なほど自信はあった。

高校での成績はムラもあったが総じて「上の下」くらいだし、
どこかしら引っ掛かってくれるだろうと思っていたら案の定。

まあそんな程度の考えでフラフラしていた報いなのか、大学
から先へは進むほどにはならず、学部卒で終わったワケだが。
もしそこで何らかの熱意があったら先へ進んでたかもしれん。

「こっちが駄目ならあっちへ行くだけさ」という感覚で人生
やってきてる気がする。散歩のときの歩き方と全く変わらぬ。

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2013.10.10

半生紀(38) 昔々の仕事など思い返せば雑食性?

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そういえば20年くらい前には機械加工の仕事をしていたのだ。
というか実家の町工場を手伝っていたような感じだったけど。

そういえばプログラマのような仕事もしたコトがあったっけ、
というかオペレータの方が近いかな、ちょっとした技術職だ。

そういえば現場でアルバイトを監督する仕事もしていたよな、
というか工事現場ではなく交通量調査の現場だったんだけど。

そういえば大学の頃に水道工事のバイトをしたコトもあった。
それから少しだったが農作業の手伝いも経験した、研究室で。

改めて思い返せば、いろいろな仕事を経験してきた気はする。
まあまだまだ全然やってない仕事はあるんで自慢にならんが。

今は全く違う仕事だが、逆に他人の仕事の様子を見聞きして
それを元に具体的なイメージを膨らませる感じで補っている。

もっと多くの職業を体験してきたという人も、友達にはいる、
けど何もかも経験するにはヒトの一生など全く足りはしない。

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2013.09.23

半生紀(37) 「嗜む程度には」の程度とは

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自分が物知りではないという認識は、かなり昔からある。
とか言うと知人たちは違和感を覚えるかもしれないけど、
そういった自覚が割と強いから、そうだとしか言えない。

小さい頃は普通より知識が偏ってたせいもあっただろう、
世間知らずなトコロを周りに嗤われたりした過去もあり、
たぶんおかげで自らの知識に満足せぬ癖になったのかと。

その一方で自分の知識を説明するのがかなり下手だった。
だから少なくとも説明できる程度には納得して語ろうと、
裏返せば他人を嘲笑する程度の知識では不足という認識。

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2013.03.27

半生紀(36) 普通、って何だろう

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普通の高校というのは、いろいろな生徒がいるもので、
旧帝大、美大、音大、はたまた体育推薦入学などなど、
学年に一人くらいずつはそういうのもいるだろうけど、
多くは各自の学力に見合った高等教育機関へと進んで、
相応の企業などへの就職を目指すものなのかなと思う。

そんな中「こういうのを学びたい」として大学を決め、
大学でも単位の取得しやすさを考慮せず知的好奇心で
受講する授業を選んでったようなのも、きっと学年に
一人二人くらいだとは思うけど、まあ大概いるワケで。

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2013.03.22

半生紀(35) 苦手との孤独で気長な付き合い

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いや本当に衰えたのだろうか、実は以前からこんな状態ではなかったのか、
体力はともかく仕事に対する気力の持続時間など酷かったのではないかと、
その程度の能力しかなかったんじゃないかと、ちょっと思ったりしてみた。

そういえばそうかもしれない、実は思い当たるフシが幾つかあるのである。
しばしば仕事をしながら考え込んで作業が滞ってしまったりするのだけど、
他人が当たり前のように平然と進めている様子を不思議に思ったりもした。

よく知った風な口を利くので「できる人」と思われてしまうのではないか、
それで周囲からは実力以上の結果を要求され、無自覚に応えようとするが
結局は及ばず挫折。――もしかしたら、そんな感じだったのかもしれない。

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2013.02.10

半生紀(34) たぶんまだこれから精進する

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友達と喧嘩などしていたのは中学生くらいまでだったか。

いや社会に出てからも上司や同僚と激しく言い合うなど
少なからずあったし今はその機会すらなかったりするが、
まあ少なくとも高校や大学くらいの頃には喧嘩などせず、
その割には相当に白熱した議論も行っていた記憶がある。

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2012.08.21

半生紀(33) 月曜の夢の中からヒトの間へ

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他人の為になるようなコトをしようとして大失敗して却って周囲に
迷惑かけてしまう、というのを何度も繰り返す夢を見た二度寝の昼。

そんな失敗を小さい頃に沢山やらかした(と本人は思っている)ので、
それ以来どちらかというと自分勝手に行動するような傾向が強まり、
もし他人の為のコトをするにしても密かに、かつ細心の注意を払い、
可能なら相手だけでなく自分にもメリットがあるようにと考えてる。

いやそんなに明確に認識して考えていたりした訳でもないんだけど、
今になって振り返ってみると、だいたいそんな感じだったのだろう。

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2012.06.08

半生紀(32) 良くも悪くも親を見習っているのかもしれない

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親も自営業、ただし受託業務というか要するに下請け専門の町工場。

今の仕事は工場のように品物を作って納めるというワケではないが、
注文を受けて仕様に合う成果物を納める自営業、という点は共通だ。

そのような受け身の受注にのみ依存していては業界が先細りになる
時代には長く続けられないというのも、親の姿で分かっていたはず。

だのに、まだ親と同じようなトコロで壁に突き当たっているような、
そんな感覚を、このところ急に強く感じるようになってきつつある。

どうやって乗り越えていくか、あるいは越えられず別の道へ進むか、
そういうのを、当面しばらく考え苦闘していかねばならないようだ。

似て非なる状況ゆえ全く同じ道を辿るコトはないので未知なる道を。

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