道を知るべきコトバ

2013.02.17

道を知るべきコトバ(55) 右も左も立ち止まるのも急ぐのも人それぞれ

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そんな道を歩く我が身は体こそ小さいが妙に頑健で、
どうやら肉体的にも精神的にも痛みには鈍感らしい。
むしろ気が長い、長すぎる。というより呑気すぎる。
とりあえず歩いていられさえすればいいやとばかり。

個人的に今ちょっと行き先を考えて停滞気味だけど、
といって他の誰かに決めてもらいたいワケではない。
そんな具合に他人の助けを求めていない人もいるし、
とはいえ他者の思いがけぬ手で助かるコトもあろう。

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2013.02.16

道を知るべきコトバ(54) 谷間の春

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落葉が積もった冬の道は光の加減によって銀色に輝く。
曲がりくねって上り下り、そんな紆余曲折こそ楽しい。

「一人ひとり、今日も一人」とは歌に歌われるけれど
たまに道連れがいたり、行き交う人と語るのも楽しい。

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2012.12.17

道を知るべきコトバ(53) 見通しの悪い箇所での警笛は周囲の為

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実際にはそれどころではないはずなのだけれども、
ついつい自分にとって新しい経験を優先しがちで、
このままでは生活再建も覚束ないという危機感が
心の何処かで警笛を鳴らしているかのような日々。

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2012.10.23

道を知るべきコトバ(52) 新陳代謝する道

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地下に埋設された水道管やガス管などの工事でデコボコに
なった舗装は、ときたま剥がされ敷き直されたりするけど、
それまで踏み締めていた舗装材は完全に失われ別の新たな
舗装材に入れ替わっているにも関わらず、その道はその道。

ごくわずか足裏に感じられた微妙な凹凸も全く消え失せて、
工事用のマーキングや子供たちのラクガキなども失われて、
真っ更の新品となっても、「同じ道」としか認識されない。
でもそこにある新しい路面は昔の記憶を完全に失っている。

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2012.10.19

道を知るべきコトバ(51) 走る道はどこにある

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このところ生活全般に閉塞感が色濃くなってきていて打開策を求めているトコロ。
いろいろ考えはあるけれど行動に移すまでのハードルは高く実現までが遠すぎる。

いろいろ上手く行かないときというのは何をやっても目に見える成果は出にくく、
どこか空転して何の出力もできていないのではないかと不安になるコトもあるが、
それでも動ける環境を得たときすぐ動けるようにしておきたいという考えでいる。

あとついでにいろいろ点検しといた方が良いのだろうな、いつか走るときに備え。

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2012.07.18

道を知るべきコトバ(50) 誰かが辿ったからこその道

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誰も通ったコトのない場所に、道なんてできやしない。

ちょとばかり青々とした山の中に分け入ったトコロで、
歩きやすそうなトコロなんざ基本的に誰かが通った道。

雨に洗われ、落ち葉に埋もれ、先人の足跡など見えぬ、
けれども他に歩けそうな場所がなければ必ず通る場所、
下手すりゃ1000年2000年の昔から使われているだろう。

そのような道が何故こんな廃れたままでしかないのか、
理由は簡単、そこを歩こうとする、あるいは歩かねば
ならない人の数が非常に少ない、ただそれだけのコト。
ニーズがないとか、他の道より不便とか、そんな程度。

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2012.06.30

道を知るべきコトバ(49) それが如何に遠い道程であろうと

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他の移動手段がなかろうと歩けさえすれば、
いずれは時間が掛かるにしても辿り着ける、
そんな感覚がある。

それが見知らぬ土地の真夜中の道だろうと、
歩く速度であれば路傍や空など手掛かりに
道を探っていける。

もちろん急を要するコトなどがあれば急ぎ、
何らかの代償を払って他の手段を選んだり
するコトもあるが。

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2012.04.15

道を知るべきコトバ(48.7) 障害がなければ真っ直ぐ伸びる獣道

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ヒトの作った道は真っ直ぐというイメージがあるけど、
ヒト以外の作った道にも真っ直ぐなものはあるものだ。
ただ地形などの影響で曲がりくねるコトが多いだけで。

動物は、たいがい歩きやすい場所や身を隠せる場所を
結ぶように歩くもので、それに合わせて経路は曲がる。
そして立ち寄りたくなる場所があれば平坦でも曲がる。

社会に出てからこっち、そんな風に歩いてきたのだと、
最近になって振り返ってみて、改めて認識したりする。

今、周囲を見渡せば、あまり身を隠せる場所がないし、
どこもかしこも歩きやすさは大して違わないようだし、
それなら立ち寄りたい場所を結ぶように歩いていこう。

もし何かの障害に突き当たったなら、方向を変えるさ。

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2012.04.14

道を知るべきコトバ(48.3) 雨に没したって道は道

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もと短気だが、気長に待つコトは慣れてきた気がする。
変化の過程を楽しむというか、まあ、寄り道などして
飽きてしまうのを防ぎつつ、のんびり歩むだけだけど。

実際に肉体を使った活動での持久力というか精神力は、
昔からそれなりにあると自負してたりするのだけれど、
身体を動かさず精神的な持久力のみを使うような作業、
具体的にはインドア仕事が、まだ得意ではないらしい。
(なので今までも外にも出るような仕事を選んできた)

出歩く際には徒歩が大半で、しかも多くの場合は傘を
持ち歩いているから、雨が降っても雪が降っても特に
気にするコトなく、目的地へ急ぐ場合でも、プラプラ
散策している場面でも、大して変わらず歩いてられる。

ところがデスクワークが煮詰まってきたようなときは、
全く違って少し行き詰まっては息抜きをしたり、少し
息詰まる感覚があれば余計なコトをして気晴らしをし、
兎にも角にも落ち着かなくて、そして進まないのだな。

そんな道でも、過去には今より進んでこられた時期が
あったので、その違いは何なのだろうかと、こうして
仕事が一段落したのを機会に少し考えを巡らせてみた。

たとえば、最近は散歩と活字が乏しくなっているので、
そのせいもあるのかもしれない。このところネットを
巡回するのに時間を取られてて明らかに頻度は減った。
それがどのようにスランプへと繋がるか不明確だけど、
どうやら相関性がありそうなので試す価値はあるかと。

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2012.04.13

道を知るべきコトバ(48) 足を取られがちな道

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相変わらずの貧乏で近く入るはずの所得税の還付金も、
遅れた支払いや身内への借金返済などで消える見通し。
それも確定申告が遅れてしまったせいで何日になれば
入ってくるのか皆目わからぬ状態なのも落ち着かない。

そんな中で遅れに遅れていた作業をようやく片付けた。
次の仕事は翌週。もし前の作業が早く終わっていれば、
その間にもう少し別の作業が入れられたかもしれない
けれども、取りこぼしてしまうあたりが現在の実力だ。

少し前にメンタルの強さを話題にしたが、それは何を
意味するのだろう。感情の安定性が高いというよりは、
少しくらい(程度は人による)感情が不安定な状態でも
それを押し切って必要なコトを実行できるような性質、
という気がしているのだけど、だとしたら実に弱いな。

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