科学系ヨタ話(23) いつか誰かが目にしたデキゴト
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そういえば、色というのは【いろいろと】実に興味深いものでもある。
色が作り出される原理には、分子が特定の波長の光を吸収する作用と
分子の構造によって特定の波長の光が反射されたり散乱されたりする
作用とか、そいうのが絡み合っていて、これが視覚にも関わってくる。
それはそうと人間の色を作り出そうとする試みは昔からずっとあって、
木石虫草の類から色素を抽出して繊維に定着させてみたり、さらには
それを変性させて色を変えたり定着性を高めるなど、ずっとやってた。
こういう試みが化学などの素地となっているのは言うまでもないけど、
その化学が確立し発達してくると色々な合成をするようになってきた。
知識やノウハウが蓄積していってるけど、やってるコトは続いている。
さて、前置きが長くなったが、普段着は地味な茶色やグレーが好みだ。
それぞれを「ジミー・ブラウン」「ジミー・グレイ」と自称している。
合成繊維を合成色素で茶色く染めれば自然っぽいイメージを受けるし、
天然繊維を天然色素で灰色にしたなら自然からは縁遠く感じられるし、
(まあ実際そういう組み合わせなのかどうかはともかく、印象として)
この地味な色合いの、由来ではなくヒトの心理に働く意味を着ている。
先日どこかで見掛けた偽バイアグラの話題を扱ったニュースの中では、
「通常の品は青い錠剤だが、『ゴールド』と称した金色の錠剤がある、
金色は通常の何倍もの有効成分が配合されたもので、『効く』と評判」
などという内容があった、高級感を持つもの、上位にあるものという
位置付け、ふと気付けば運転免許の青帯と金帯そっくりの対比である。
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そういう呪文を唱えている人たちに対し見知らぬ他人が教え諭そう
としたところで、どちらかというと敵味方の識別を優先して情報の
識別をしている傾向の強い人が固まってしまっているような雰囲気
だもんだから、現実的に無理難題なんだい。ただいろいろ目につく
ので、呆れたりツッコミ入れたりしながら受け流すようにしている。
しかし本当にそうするだけでいいんだろうか、とは常に疑っている。
一昨日の話題で言えば、指揮者ってのは自分を疑うくらいでないと
周辺同調者との相互依存に陥りかねないし、それらから距離を置く
立場であっても指揮者&同調者の渦に巻き込まれてしまいかねない。
自分自身に思い込みや思考の手抜きがないかどうかは重要点検項目。
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ふと思ったのだけど遺伝情報ってのは計算機になぞらえて言うなら
「生命誕生以来連綿と受け継がれている超スパゲッティなコード群」
といったトコロなのだろう。ときたまコピーミスで変化が生じたり、
稀に新たなコードが追加されて以前なかった形質を生物にもたらす
一方、使われなくなったコードは稀に大きく削除されるコトもある
ものの多くはコメントアウトされただけのような状態で、これまた
たまにコピーミスが生じるけど修正されないままで残り続けていく。
だから現状、使われない部分が結構な割合を占める、という感じで。
それから、子孫に受け継がれる情報の源は生殖細胞、というかその
中の配偶子であって体細胞ではなく、それゆえ特定の個体に生じた
悪性新生物などは必ずしも次代以降に受け継がれるとは限らなくて、
むしろ「一代限り」の方が多いはずなのに、「化学物質や放射線で
奇形が生まれた」という極端なケースについての情報だけ流通する
もんだから大きく違ったイメージが広く流布されているのだと思う。
まあ怖い情報ってみんなきゃーきゃー言いながらも好きなんだよね。
だからメディアとかソーシャル()上の個人が流すのも、そればかり。
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小さい頃なりたいと思っていた職業(?)、「マッドサイエンティスト」
自然法則はヒトの思想など関係ないので条件は正義の味方の側と同じ。
その中で次から次へと新たな技術を繰り出し正義の味方を追い詰める。
大概いいトコロまで行くけれど、正義の味方の起死回生策に破れたり、
ひどいときには自分ないし味方の凡ミスで自滅してしまったりもする。
ただ彼らは基本的に、敵である正義の味方を恨むコトはあるけれども、
またミスをした味方を責めるコトはあるけれども、自然法則には従順、
というより、むしろそこには一種の信仰心のようなものさえ感じられ、
子供心にも清々しく思えたりしたもので、そこらへんに憧れたようだ。
一方、今の日本の原発事故以後のソーシャル()論壇など眺めていると、
自然科学系の人でも政治闘争的用語や文脈を使って語る様子が目立つ。
そして酷い場合には自らの政治的思想に沿って情報を摘み食いしたり、
意に沿わぬ相手に対し思想背景を指摘して論駁したつもりになったり。
ソーシャル()な枠組の中での単純な支持者の数だとか、体制側()との
結びつきだとか、そういうのを掘り起こしては攻撃する有様を見るに、
どうも科学という名の宗教戦争を、彼らが戦っているのではないかと
思うようになってきたのが、ここ十数カ月ほどの観察で得られた知見。
こういうのが少なくない、というか悪目立ちしているような気がする。
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生命のような曖昧な、かなりユルい存在に対して何故、
明確な目的だとか厳密な定義だとかを、ヒトは求むか。
40億年くらい前の地球上の何処かで消長を繰り返して
いた、化学エネルギーを緩慢に連続する有機的な反応
経路でユルく燃焼させていくだけの脂質二重膜構造が、
何となく途切れるコトなく続いてしまったもんだから
とりあえず生命とか名付けて高尚な存在でもあるかの
ように扱ってみているけれども、もともとそんなもん。
存在意義だの価値だのは、すっかりアタマでっかちに
なってしまったヒトが勝手に脳内で捏ね上げたもので、
そういう考え方を穿つと意図だとか意志だとか何かの
異様に高尚な存在を前提とした思考経路が、見え隠れ。
そりゃまあ生命誕生の様子の研究など漠としたもので、
その不可思議さ複雑さゆえに、人によっては神秘性を
感じて五感に捉えられぬ神霊的なる存在を想定したり
する方が腑に落ちるのかもしれないけれど、何だかね。
生命が変化する中で獲得してきた自己保全機能ゆえに、
過去を美化しておけば自分自身も高等な存在であると
言い張る裏付けになる、などといった感覚が実はあり、
直近の先祖だけでなく遠く発祥の頃に至るまでずっと
何か一貫した趣旨があって当然だなんて思ったりする。
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ちょくちょく通っている一般向け科学系セミナー、
震災で先月は中止、今月は地震についての話題だ。
テーマが何であれ都合がつけば行くつもりだった。
内容としては、サイト上などで発表された情報を
総合して判断していたものと、基本的に大差ない。
要するに想像していた範囲に、ほぼ収まっていた。
むしろ興味深かったのは、講演の後の質疑応答だ。
講演者の確率論的な言い回しを政治答弁的と評し、
「科学者なんだから明言しろ」との意見があった。
この話題を今の時点で講演するもんだから会場は、
満員御礼立見寸前と通常の倍近くは聴衆が訪れた。
だからきっと初めて訪れた人も少なくないだろう。
その中には科学者を魔法使いか何かのように見る、
少し誤解を持った者たちも含むではないかと思う。
つまり「偉い人」=「明確な回答を持つ人」だと。
でも実際には科学って、中に踏み込んだりすると、
分からぬコトや判断に迷うコトも、けっこう多い。
特に最先端の分野では、専門家でも意見バラバラ。
そんなトコロが、いわゆる「世間一般」の人々に、
ほとんどor全く、理解されていないのだろうなと、
そういう感覚を新たにしたのは、貴重な経験だな。
さてそのあたりの温度差を、如何にして埋めるか。
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